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宝くじのBIGで一等のキャリーオーバー六億円が当たったら望んでいた超大恋愛

駅のプラットホームで良く見かける可愛い女性がいた。二十~三十代くらいに見受けられた、年齢としては。本当に可愛くてチャーミングでラファエロ美しき女庭師《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》を彷彿とさせるルックスだった。どんな人かは全く分からないにせよ、見るからに引き付けられずにはいなかったんだ。


美しき女庭師《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》

僕はいつも駅で遠くを眺めていた。目が辛くて少しでも休ませるために向かい側のプラットホームの先の町並みやもっと先の森山へ焦点を合わせて目の筋肉を緩ませるように努めたかった。近視の抑制にもなるはずだし、重度の近視は眼球が前後に伸びていて網膜剥離や緑内障といった失明を伴う大病の危険性を高めてしまう。避けられるかぎりは何でも生活に取り入れるには越さないと思っている。


気付いてみると彼女が向かい側のプラットホームの階段を下りて来て僕の目の前の方を通り過ぎていた。


ただし僕が目線を感じたはずだった、先に。向かい側のプラットホームは全く見てないから誰が通り過ぎても気付かなかったので、彼女だけが特別に視界に入る理由もなかったという。


記憶は朧ながら誰かに見られていると気にかけながら向かい側のプラットホームの人たちへ目を向けるようにたぶん変わったんだ。


もしも自分が誰かに見られているとしたらどんな人なのか、相手を突き止めたいという気持ちが湧いて来て暫く探していて目に留まったのが彼女だった。他には誰も当て嵌まっては来なかったし、僕を見ているなんて素振りの欠片も感じられずにいた。


彼女が僕を見ているというか、予め見ていたから気付かされたように受け留めれば真偽を確かめてみたくなり、知らない振りをしながらチラチラ注目せざるを得なくなってしまう僕だった。余り見ていて逆に気持ち悪がられても悲しいかぎりなので、本当にそれだけはあってはならないと考えていた。僕は自分が誰かに見られていると、現実に彼女なのかを突き止めたいだけなので、およそ好奇心ならば誤解を招く恐れを孕んだ多くの事柄に留意しながら目線も送らなければならなかった。


僕が非常に驚いたのは彼女とやはり目が合った瞬間だった。チラチラでも見続けていることがバレたから恥ずかしくて仕様がなかったし、知られては気持ち悪がられる可能性も群を抜いて上がらずにいなし、咄嗟にもう二度と目線を送らないと決め込んでしまった。本当に厳しい気持ちを味わわされた。


しかし目が合ってみると彼女が前から僕を見ていたとはかぎらなくなるし、彼女こそ誰かにいつも見られていると気にかけながら僕を突き止めたとも考えられるので、人生のサスペンスとしてはお手上げに終わってしまった。どっち付かずのままで、結論は見出だされなくて狼の遠吠えも漆黒の闇に広々と包まれては掻き消されて行くばかりの思いを余儀なくされた。


僕としてはもう本当に気持ちを切り替えながら目線を送らないでいたくなったけど、ひょっとして彼女に好かれていると考えると嬉しいから恋が芽生えないともかぎらないので、駅のプラットホームでしか会わないにせよ、とにかく全く見ないでいることも非常に難しい世界に突入してしまったんだ。というか、むしろ尚更と目線を頻繁に送るようになったみたいで、気持ち悪がられることだけは断じて避けなくてはならないし、知らない振りには磨きをかけつつも止めたいのに止められない感じこそ強められた。


僕は嬉しく見ていて彼女の可愛さにも気付いてラファエロの美しき女庭師《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》が思い当たる頃には素晴らしい魅力に完全に夢中だったかも知れない。


風貌から心の清らかさが伝わって来るほどに結婚しても良い人だと考えた。すなわち好きな女性のタイプだった。気持ちとしては彼女が前から僕を好きで見ていたかどうかの謎解きよりも自分が見たくて見てしまっている思いこそ大事にされるように変わった。


なので告白しなくては行けない、片思いを。ただし接点がないので、どうすれば交流できるかを考えざるを得なくなる。


僕にとって気持ちの流れは彼女が前から僕を見ていたところから始まっていたし、さもなければ目が合っても嬉しくなかったはずなので、一つの推定だけれども密やかな乙女心を踏まえると声かけもドラマチックでなければ詰まらないと捉えざるを得なかった。


本当に夢を叶えたいの一言に尽きる。もしも叶わなければ夢のままにしておくべきではないか。



映画とすればタイタニックだけれども豪華客船で世界を旅して回るほどの恋人が相応しいと、僕も主演のディカプリオのような男性でないかぎりはあの奇跡の目配せの期待には応えられないから告白せずに消え去りたいと感じていた。


どうすればディカプリオと変わらないくらいのセレブに僕がなれるというか、映画のタイタニックに代表される超大恋愛の形に二人を持って行けるかを探求している矢先に見付けたのが宝くじのBIGだった。


丁度、キャリーオーバーで一等が六億円を越えていたけれども宝くじでは大金が比較的に当たり易いとも聞かれるし、BIGで億万長者に僕がなれれば駅でプラットホームを飛び込え兼ねないくらい勢い付いて彼女に「世界一周旅行へ僕と行きませんか」と直ぐ様と告白しに出向けるとアイデアが閃いたし、これほどもドラマチックな声かけはなさそうだと一人で静かに笑いも止まらなかった。


恋の神様からしても二人の出会いが奇跡的なだけに宝くじの一等を当てるようなあり得なさが交際に向けても必要ではないか。考えると恋の神様が頷くかどうか、二人の幸せを自然に認めているかどうかをBIGで試したい気持ちも非常に大きかった。出会いと交際が両方とも奇跡的ならば気兼ねなく末永く素晴らしい生活が待っているに違いないと考えられもした。


貧乏なのに奮発して外れてから勿体なかったと悔やんだけれども宝くじのBIGに初めてながら三万円を出していた。


全ては妄想でしかなかったし、恋の神様は頷くかどうかはその後も暫くは駅でプラットホームで眺めていた彼女だったにせよ、結局は僕が電車を使わなくなって何事も起きなかったというか、町中でバッタリとか入った喫茶店なんて接点のあり得ないかぎりの妄想は続いてしまいながらも徐々に彼女への気持ちは薄らいでいるんだ。


いうと作家活動に邁進するように恋の神様には仕向けられた格好だから一人で又生きるしかない。


彼女の思い出としては知り合いでも何でもないけれども老人を連れて何回か歩いていた姿が最も印象に残っている。親を病院に付き添っているように見えた。詩的に感じ返せば優しさが目に染みるほどの接し方が他の人には受け取らなかったかも知れないんだ。


世の中に良い人は決して少なくなかったにせよ、それこそラファエロの美しき女庭師《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》の生き写しといった風情が広がっていて心の清らかさが胸打つともなく、細やかに驚かれて止まなかった。人間の癒される光景というか、遠目からでも人生の素晴らしさを十分に認めたし、感じ入るほどに著しく覚えさせられてしまった。

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