槙原の定岡とプールの生涯の鉄板ネタ

自分の写真結城永人 -

プロ野球の巨人で活躍した槙原寛己のYouTubeチャンネルのミスターパーフェクト槙原に一緒のチームで親交のあった先輩の定岡正二がゲストで初めて出演した。

定岡正二は長嶋茂男との大爆笑でブログに取り上げたくらい面白いので、相当に笑えるのかとどこで観ても期待してしまうけれども今回は槙原寛己の生涯の鉄板ネタとされる部分が想像以上に良かったので、やはりブログに取り上げずにいられなくなる。

槙原が笑い続ける定岡のプール付きの家

槙原寛己と定岡正二が談笑している

槙原――サダさんも面白いんだよ。一回ね、俺が、サダさん、まあ、俺が、サダさん家、行きたいと。
薄井――はい。
槙原――前から、良いよ、マキ、お前、いつでも来いよっていって、全然、呼んでくれない。
薄井――うん、うん、うん。
槙原――一回、俺ん家、あの、三階が、プール、付いてるから。
薄井――えっ、凄い。
槙原――プール、入れば良いからっツって。来いよっツって、で、やっと行った。
薄井――はい。
槙原――で、俺、ばっと入ってって、ああ、サダさんっツって行って俺と水野でしたかね。
定岡――(頷く)。
槙原――で、行って、で、サダさん家、行ったらもう、生活感、ゼロなのよ。
薄井――えーっ。
槙原――家具も殆どないし。
薄井――うん、うん、うん。
槙原――で、まあ、まさか、喉、渇いたんで、良いですかっツって、冷蔵庫、開けたら何も入ってなかった。
薄井――はっ、はぁ。
槙原――普通、バターとか、ね、ソースとか、何か、色んなのが、全部、あんじゃない。作り置きでも買い置きのその何にもない。
薄井――飲み物も。
槙原――何にもない。何だい、この人、本当に住んでんの。まあ、良いや、で次さ、行って良いですかっツって、サダさんの自慢のプール、見たいんでって行ったら、ビニールプールだった。
薄井――あはははは。えっ、サイズは、結構、大きいサイズではあったんですか。
定岡――大きいよ。
薄井――大きいけど。
槙原――でも三階にまさか、俺、ビニールプールと思ってないから。
薄井――大きいけど、ビニールプール。
槙原――ヤられたと思ったよ。
定岡――あのね。
薄井――水はもう入ってました。
定岡――話をね、ちょっと可笑しく曲げるのよ、自分のチャンネルだから。
槙原――否、凄い。凄いね、でも。
定岡――家の近くなんですよ。500メートルくらいかな。
槙原――家の近くで、凄い、凄いって聞いてたから俺も楽しみに行ったらね、なかったんだよな、プールが。
定岡――あの、一つ良いですか。
槙原――はい。
定岡――予定は、屋上に作る予定だったんですよ。
薄井――はい。
定岡――プールを。
槙原――はい、はい。
定岡――それで幾らかかるったら、ウン千万、かかるっていうわけ。
槙原――ああ、そうですね。
定岡――屋上だと。
槙原――漏れもあるし。
定岡――だから予定はあった。だから、ああ、皆で泳ごう。
槙原――強ち嘘の話じゃなかった。
定岡――なかったから、なかったからもう洒落で、このプールを置いてたらもう、もう喜んじゃって『否ー、良い話、できたー』みたいな感じだからもう、これを,何十年、経ってもずっといってんだから。
槙原――だからこの話はやっぱり定岡さんを語るときには伝えて行かなきゃ行けないんですよ。

薄井:薄井しお里(アシスタント)

プロ野球の現役時代に人気チームの巨人の中心選手だった定岡正二の自宅なので、年収何千万か何億の大金持ちだろうからまさか三階のプールが安物のビニール製だとは思いも寄らなかった。

個人的に驚いたのは定岡正二の笑いはいじられキャラのイメージが強かったけれども自分から相手を笑わせることもあると分かった。本人が「洒落でプールを置いてたら」というので、後輩の槙原寛己を自宅へ招いて笑わせようとしたわけだ。そこを掴まれてさらに生涯の鉄板ネタという止まらないほどの笑い話へ持って行かれるところが如何にも定岡正二らしい。

しかし僕にも定岡正二と似たようなことがあったとも感じた。ゲームセンターでアルバイトしていたとき、仲間を笑わせるようなことをいって普通以上に喜ばれた。やらない人に思われるせいか、ちょっとした面白さでも『否ー、良い話、できたー」というふうに驚きに満ちた受け留め方をされる。

相手の人柄によるかも知れないし、誰でも同じではなくて、当時、一人だけがそうだった。振り返ると気の良い人で、ブログに恋愛相談対人恐怖症で取り上げたけど、とにかく人の気持ちを大事にする性格だった。

畢竟、僕が定岡正二のようだとしたら身近な人のちょっとした笑いを物凄く喜んだ槙原寛己はゲームセンターの仲間の彼のような人に思われて来る。

僕が唸り続ける槙原の投げ方のコメント

巨人のユニフォームを来て試合に登板している槙原寛己
槙原寛己/読売ジャイアンツ|日本テレビ

本人がいったわけではないかも知れないけれども訪問した定岡正二のプール付きの家に笑って止まず、「この話はやっぱり定岡さんを語るときには伝えて行かなきゃ行けないんですよ」という気持ちが生涯の鉄板ネタと表現されていた。

鉄板ネタというのは笑い話でいつも笑える(外さない)ものだけど、しかし生涯と付くのは珍しくて世の中で初めて聞いたんだ。

奇しくも槙原寛己の思い出が彼の定岡のプールのような確かさで僕にはある。笑い話ではないものの何年も忘れられない記憶で、テレビで良いことを聞いたと心の底からずっと引き付けられて離れない言葉だった。

1996年に日米野球が国内で開催されて槙原寛己は未だ現役時代ながらシーズンを終えてテレビ中継のゲストで来ていた。アメリカのメジャーリーグのジェフ・ブラントリーという投手が登板したときに同じ投手の立場から自分はオーソドックスな投げ方を覚えて普通にやって来たけれども彼のようにお腹(中年太りみたいにぽっこり出ている体型)を使って個性的に投げるのも良いと思うし、できればやってみたかったみたいなことをいったんだ。槙原寛己が引退したのが2001年だから可成のベテランで、非常に染々と感慨深い口調で、野球選手として歩んで来た人生がはっきり伝わって胸にジーンと来たんだ。

以来、僕にとって槙原寛己というとジェフ・ブラントリーへのコメントを抜きにあり得ないし、唸るくらい凄くて自分の槙原とコメントの生涯の鉄板ネタと呼ぶべき経験として掴まれた。

お腹を使って投げるという表現も独特の初耳で、とても面白くて衝撃的だった。要するに自分の体型を活かすわけで、模範的なスタイルに従うのではない野球があるんだというのが主旨だろう。

当時、イチローが振り子打法で上り調子のところで、1996年の日米野球ではメジャーリーグで活躍し始めたトルネード投法の野茂英雄との対決が最大の注目だったり、プロ野球で個性的なスタイルが殊更と目立つ状況もあった。

しかし人生を感じさせる言葉からすると槙原寛己はいつも周りに合わせることが多くて自分を出さずに損したような面も受け取って来たのかも知れない。

気の良い人ならばきっと自分よりも他人に向いて逆に一人で臍を噛む思いに駆られることも増えると察する。だからこそ笑いを求める気持ちも大きくて癒しみたいな格別の有り難みを感じるとしても不思議ではない。

コメント