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藤井聡太の将棋界で記録ずくめの余りに強過ぎたプロ棋士としての中学時代に

将棋界で藤井聡太の勢いが止まらない。一昨年の十月に中学生棋士としてプロデビューを果たしてから一年ちょっとながら様々な記録を打ち立ててしまって早くも伝説の域に達している感じがしてならない。気付いては本当に驚かされるし、余人を遥かに凌ぐかぎり、若冠十五歳で不世出の天才とも過言ではないのではないか。

将棋の中学生棋士・藤井聡太六段(15)が3月15日、順位戦C級2組の最終10回戦で、三枚堂達也六段(24)に勝利し、中学生としては初となる“全勝一期抜け”を達成した。

藤井聡太六段、史上初・中学生の“全勝一期抜け”達成 !公式戦連勝も「15」に via AbemaTIMES

先日、本物の実力を確信したんだ。将棋のプロ棋士の格付けリーグの順位戦を最上位のA級から数えて下の下のC級2組(五軍選手)から始めて全勝という十勝零敗での一期抜けを果たした。持ち時間が六時間の本格的なルールで、しかも対局者が前々から発表されていて互いに研究し合う余地も多く得られている中で、負け知らずの藤井聡太は対局者の実力が上位の棋士たちよりは劣るとしても凄いと思う。

何しろ、中学生の十五歳と最年少だ。順位戦のC級2組といえども他の棋士たちは誰もが年長で、それだけ長く勉強する時間を将棋に費やして来たわけだ。一生懸命に頑張っているのに勝てない、察するに恐らく。藤井聡太は勉強する時間が短い将棋でも対局者を寄せ付けなかったし、聞いた全勝一期抜けの響きからはまるで食卓の蝿を手先で容易く追い払うような印象でさえも与えるほどの怪傑振りを示している。唸らされるばかりのプロ棋士としての実力だろう。

記録としても非常に稀有なんだ。順位戦のC級2組の一期抜けというだけでもかつて五人しかいなかったらしい。そして中学生ではひふみんの愛称でお馴染みの元名人の加藤一二三が、只一人、実現していたけど、全勝となると将棋界で史上初の快挙を成し遂げたんだ。

六十三年振りの記録を塗り替えるに至った藤井聡太はプロ棋士にデビューした年齢でもやはり加藤一二三が持っていた十四歳七ヵ月の最年少記録を、五ヵ月、縮めて六十二年振りに塗り替えたと巷で大きく話題になった衝撃を又同じように繰り返したわけだった。

来年から名古屋高校に進学しながら将棋を続ける予定らしくて振り返ると中学生での棋士生活の最初と最後に将棋界の半世紀/五十年を越えるほどの歴史を新しく作り出したのが飛んでもなく恵まれているようだから神を感じさせて正しく素晴らしいと心から驚かされもしてしまう。

天賦の才能と呼ぶ他はないし、するともはや諸々の実績から将棋界の不世出の天才と認める気持ちも一層と深く味わわれて来るのが快いばかりだ。

中学生なのに余りに強過ぎる藤井聡太の将棋の生き方は謎だらけだ

個人的に問わずにいられない。神の加護を受けているのではないかと想像すると非常に非常に面白い。人生で肖りたい部分も著しく大きいからには考えるのは吝かではない。

藤井聡太の将棋の強さの秘訣についてはブルース・リーの格闘物の映画から来ていると分かっている。かねてキュポロなどの幼児教育から培われた優れた能力、並外れて速やかな頭脳が児童期に世界的に名を残した俳優で武道家のブルース・リーの本物の勝負根性と密接に結び付いて将棋の棋士として爆発的な成長を遂げた藤井聡太ではなかったか。

師匠の杉本昌隆七段は無名の小学生棋士を見付けるや否や世にも稀な実力の持ち主だから弟子に迎えて幸いでも教えることはもう何もなくてむしろ自分が将棋の指導で余計な手出しをしないのが大切みたいに初対面からずっと感服頻りだったとも聞かれる。

もう一つ興味深い逸話なのは祖父の言葉から受け取る。小学時代のあるとき、将棋で負けるとひっくり返って大泣きして誰にも止められなかった藤井聡太がいたらしい。幼心を要約すれば悔しいかぎりの悲しみに生きていても仕様がないくらいの思いが込められていたようだ。本人が気付くと気付かないとに拘わらず、負けず嫌いの性格での将棋生活をとことん体現していたのは間違いないと考える。

全てを明かしているかも知れないし、一言では負けず嫌いの性格が功を奏して記録ずくめのプロ棋士も可能にせよ、絶えず、突き進んでいるところが白眉だし、将棋への情熱が内面から結集されている生き方が良いと思う。

だから対局では一手にかける思いが超人的なんだろう。相手は途方もない気迫に押され捲るようにどうにも翻弄されながら最終的に参るしかなくなる。

考えては奇しくも些細な日常と重なる。毎日を尊ぶ、または一分一秒の命を無駄にしては少なくとも僕が永遠の詩人として根源的に口に出している些細な日常のポエジーは理解されない。藤井聡太の将棋へ向かう日々が彼自身の生き方を完全に表現しているかぎりは対局の一部始終に反映せずにいないはずだ。一手ずつ神経が張り詰めるのはどんなプロ棋士でも同じだとすれば思いの込め方に差を認めるべきではないか。

およそ迸る情熱と世間並みに捉えるのは物足りない感じがするから藤井聡太の将棋の超人的な指し味を敢えて誉め称えると燃え盛る集中力だろう。

加藤一二三も偉大だった、因みに。全身で将棋版へ乗り込む渾身の一手の連続という指し味が印象に残っている。他のプロ棋士たちが気迫に押されるのはもちろん、恐くてやおら逃げ出しくなるくらいの勢いを観ているだけでもはっきり感じてしまう対局ばかりだったのではないか。または将棋の駒を差した指がいつも折れ兼ねないとやり過ぎのスタイルに心配させられるのがひふみんの呼び名に相応しい特有の可愛さだったりもした。

さらなる高み目指して 将棋・藤井聡太四段 via KyodoNews

藤井聡太の場合は加藤一二三と同じくらい気持ちが入っている将棋だとしても見た目からは勢いをさほど感じない。観ていて冷静沈着な面持ちで、情熱の殆どは内に秘められているようだ。なので表向きの印象としては集中力こそ目立って伝わっていると思うけど、ずば抜けて研ぎ澄まされた閃きには微かながら気持ちの燃え盛る鮮やかな火花を受け取るのは難しくない。冷静沈着でも雰囲気はちょっと違う。

頭を使うばかりの将棋でも対局から人間的な魅力が比較的に分かり易いのが世の中で人気を殊更に呼んでそうだ。

畢竟、バレンタインデーに数百個のチョコレートなどのプレゼントが将棋会館の藤井聡太宛に届けられたというのも前代未聞のニュースだったと覚えざるを得ない。

将棋界で様々な記録を打ち立てしまうという実績を残さなければ誰も見向きもしなかったかも知れないけど、しかしかつて羽生善治が二十代で年間の七冠を取ってタイトルのパーフェクトという途轍もない偉業を成し遂げた際にさえも聞かれなかったはずで、棋士のキャラクターが全く影響してないとはいい切れない。

藤井聡太は特別な存在なんだ、人々にとって。加藤一二三が将棋では珍しく色んなところで持て囃されるように人間的な魅力が分かり易くないと本業の他では必ずしも注目されないのが普通だと思う。対局中に頑張りながら将棋盤を壊したりもしたひふみんの猛烈なキャラクターと肩を並べるほどの国民的な知名度を誇るのはなぜかは情熱の一言に尽きる。

成績が途中で沈みかけたものの盛り返して一段と強さを増している

史上初のデビューから二十九連勝の大記録から少しずつ負けも目立ち始めていた。

NHK杯テレビ将棋トーナメントの二回戦、元名人で、しかも長期間の在位から永世名人の有資格者の森内俊之九段との対局に快勝した昨年の九月くらいまでだったのか。以降は必ずしも振るわない成績が見受けられて初出場で初優勝の中学生棋士になるのを夢見ていたNHK杯テレビ将棋トーナメントも昨年の十二月の三回戦の稲葉陽八段との対局(棋譜)で敗退してしまっていた。

よもやプロの洗礼を浴びせられると勝ち進んで自分よりも段位の高い有力棋士との対局が増えるに連れて好成績を残すのが難しくなって来た藤井聡太だと考えるしかなさそうだった。

世の中で取り上げられる機会も幾らか減ったようで、フィーバーが収まって行くのを個人的には明らかに認めたし、寂しくもさほど注目しなくなったのは確かだった。

ところが盛り返して棋士の真価が大いに問われる順位戦での全勝の一期抜けという大記録でさえも打ち立てられたのはなぜか。

昨年十二月の叡王戦本戦トーナメント一回戦の深浦康市九段との対局(棋譜)で逆転敗けを喫したのが切欠と師匠の杉本昌隆七段がいっていたのを弟子との公式戦での初対局(藤井六段、師弟対決に勝利 王将戦予選)に纏わるテレビ出演で聞いたんだ。

逆転負けを喫した藤井は「いけると思ったが、寄せにいったのがまずかったです。終盤はいくつか勝ち筋があったと思うので、それを逃してしまったのは残念でした」と唇を噛み締める。

敗戦直後、大きく肩を落として相当にガックリ来ていた。誰の目にも明らかなまでの悔しさが児童期のひっくり返って大泣きした悲しみを彷彿とさせもする。

知ると対局の展開を読み違えて「寄せにいったのが不味かった」らしいので、勝ちを焦って相手に隙を与えたのが良くなかったんだろう。

NHK杯テレビ将棋トーナメントや叡王戦という将棋の公式戦でA級の上位棋士に勝てず、壁に打ち当たるような格好で、昨年末は過ごしていたのではないか。

しかし深浦康市九段への逆転負けでついに我に帰った可能性が高そうで、対局の序盤から終盤まで有利な展開を広げてしっかり勝つという指し方に変わったと想像する。

今年に入ると一月に名人の佐藤天彦(A級棋士の頂点に位置する)を、二月に竜王の羽生善治(永世七冠で国民栄誉賞も獲得した)を、それぞれ、朝日杯将棋オーブン戦の二回戦と準決勝で下すという快進撃を見せていた。

将棋界では名人と竜王が別格とも目される二大タイトルなので、現時点のトップ中のトップの二人を立て続けに打ち負かしたのは圧巻としかいいようがない。

結果、朝日杯将棋トーナメントは決勝で広瀬章人八段を退けて優勝して六段への昇段も決めた藤井聡太だった。

将棋の史上最年少プロの藤井聡太五段(15)が17日午後、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで指された第11回朝日杯オープン戦決勝で広瀬章人八段(31)を破って優勝した。15歳6カ月での棋戦優勝は最年少記録で、中学生での優勝は史上初の快挙。今回の優勝で規定により同日付で昇段。史上最年少で中学生初の六段となった。

何れも史上初の快挙で、中学生の十五歳六ヵ月で「棋戦優勝」(公式タイトル獲得)と「六段」(全棋士参加棋戦に優勝して昇段)が将棋界の最年少記録になった。

日本将棋連盟のプロ棋士の養成機関の奨励会に入って四段でプロ棋士としてデビューするけれども藤井聡太は今年の二月に順位戦のC級2組で九勝をあげて昇級を決めて五段になっていた。これも中学生としては史上初の快挙だった。十五歳六ヵ月で、年齢だと加藤一二三が十五歳三ヵ月で、三ヵ月、まだ早かったけど、年度が変わって高校生だったらしい。藤井聡太は中学生だったから学年で新しい記録を作っていた。

一ヵ月も経たず、朝日杯将棋オープン戦の優勝で、六段に昇段したのが中学生としても年齢としても最年少記録だけれどもさらに翌月に順位戦の全勝一期抜けを果たしたのが目玉が飛び出すほどに注目されたし、個人的に驚くばかりだったわけだ。

藤井聡太は本当に強過ぎると思う。本気も本気の公式戦で名人と竜王を負かしたのが日本一とも過言ではない実力を明らかに示していて何れはタイトルを手中に収めるのも時間の問題というか、殆ど確実かも知れない。六段に昇段する少し前には年度の四冠王(棋士成績・記録|成績・ランキング)も達成していたんだ。これもやはり最年少記録になるけど、平成二十九年度、将棋界で最も活躍したプロ棋士が中学生の藤井聡太だったのが証明されていた。

四冠王が達成された三月十二日の年度成績

  • 対局数:七十
  • 勝数:五十九(十一敗)
  • 勝率:八割四分三厘
  • 連勝数:二十九

昨年末、負けが込んだ印象を持ったものの余りの強さに大きく捉え捲ったせいだったようだ、四冠王という今年度の圧倒的な成績ランキングから振り返ってみると。

一局一局の積み重ねがこのような結果として表れたことをうれしく思います。これからもよい将棋を指すべく精進していきたいです。

藤井聡太/藤井聡太六段、29年度の記録4部門独占 史上3人目最年少「四冠王」 via 産経WEST

中学生は思春期で、色んな悩みを抱える人が多いと思うけど、好きなことを好きなだけやった結果が素晴らしいと学ぶ。

藤井聡太は全てを将棋へ盛り込んでしまう。たとえ悲しみに暮れる日が訪れても感情そのもの力に変えて内面を鍛え上げるようにさらに強く勝って行く、すなわち精進するのではないか。すると中学生にかぎらず、誰にとっても生活の知恵を伝え届ける棋士に他ならないから気に入らずにもいられない。

上手く行かない物事は投げ出したくなるだけだから取り組み直すのはいつも難しいにせよ、一つの止めてしまっても已むを得ない状況を突破するには元々の好きで始めた気持ち、僅かでも未だ続けるべき思いが遺されるかぎりは手放さずに勇んで頑張るのが大切なんだ。

人生の選んだ道を無闇に引き返さない方法を知るし、夢が遠いほどに挫けて実を結ばないままの終わりに虚しく包まれながら腐り易い本音を強いられるので、自分を信じて追い求めれば先行きも速やかに成功への見通しが立つと良く分かる。

参考:将棋・藤井聡太四段、史上初の「中学生五段」決定!加藤一二三九段以来の中学生C級2組“一期抜け” 14歳プロ棋士の藤井聡太、デビュー戦で最年少勝利 藤井聡太 高校進学で始まる「マネージメント争奪戦」 現役プロ棋士たちを震わせる藤井聡太五段の力 佐藤天彦名人戦で見せた圧勝劇 藤井聡太、史上初中学生五段「昇級果たせたのはうれしいです」17日朝日杯Vで六段だ

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