武田一浩

1965年6月22日生まれ、東京都世田谷区出身、明治大学付属中野高等学校を進学して1988年に明治大学からドラフト一位で日本ハムファイターズに入団、初年度から先発で起用されたが、完投の交代を機に抑えに転向すると調子を上げて1991年に22セーブポイントで最優秀救援投手のタイトルを取った。年棒などの待遇への不満から先発を志願して戻るが、一本気な性格からフロントとの衝突もあり、トレードを志願して1996年に福岡ダイエーホークスへ移籍した。先発で活躍して三年間で32勝を挙げて1993年は13勝で最多勝のタイトルも取り、自身最高の成績を残した。FA権により、1999年に中日ドラゴンズへ移籍すると右のエースとしてリーグ優勝に貢献したが、翌年から膝の故障で調子を落とし始めた。手術したものの結果は芳しくなく、戦力外通告から2002年に入団した読売ジャイアンツで中継ぎとして期待されながら納得の行く投球ができず、同年で現役生活を退く。
右投げ
- サイズ
- 身長171cm/体重80kg
- フォーム
- ワインドアップのスリークォーター
在籍チーム
- 日本ハムファイターズ(1988~95)
- 福岡ダイエーホークス(1996~98)
- 中日ドラゴンズ(1999~2001)/リーグ優勝(1999)
- 読売ジャイアンツ(2002)
※一軍定着時に優勝があれば記載。
日本代表
なし
※トップチームでの世界大会のみ。
サイト
なし
※本人のホームページやSNSなど。
カットボール
ストレートと略同じ球筋で来て最後に投げる腕の内側に少しだけ曲がる。打者がボールをバットの芯で捉えることが難しくなり、たとえ当たっても強い打球を防ぐのに役立つ。
- 握り方
- ワンシームに近い位置で人差し指を外側から、親指を内側から縫い目に寄せて深く(ボールと掌に隙間を作らず)握る。
- 投げ方
- ボールを投げ放す瞬間に人差し指で押し込んで横に回転させる。
- 大きく曲げるときは手を振り上げた位置でボールを内側に入れる(指先を肩の方へ向ける)。
打たれても投げてた、したら抑え方が分かって来た
抑えから先発に転向する際、球種を増やそうと練習したが、オープン戦で一球目にホームランを打たれて駄目だと思った。しかしフォークなどの他の球種も投げ辛くて翌年も繰り返して練習していたら場合によってファウルを取ったり、詰まらせたりもできることを覚えて投球の幅が広がり、ついに得意球にまでなった。
参考:第4話【伝家の宝刀】絶対に打てない武田さんのカットボールの投げ方を伝授!|片岡篤史チャンネル
武田さんのカットボールって、中々、打てないのよ。本当にね、点でしか打てない。これ以上、逃げても詰まる、ちょっと前だとファウルになる。本当に身体の切れが良い人しか打てないですよ。
武田一浩のカットボールは日本プロ野球で初めて意図的に使われたものといわれる。特に左打者の配球に効果的に取り入れられて、大体、ストレートの感じで少し食い込んでグシャグシャの当たりになった。本人も殆ど打たれた記憶がないくらい強力な決め球だったという本当に凄いカットボールだと感じる。
個人記録
通算成績
国内での生涯記録
- 年数:15
- 登板:341
- 先発:210
- 完投:38
- 完封:13
- 無四球:3
- 勝利:89
- 敗戦:99
- セーブ:31
- ホールド:0
- 勝率:.473
- 打者:6461
- 投球回:1517.2
- 被安打:1555
- 被本塁打:160
- 与四球:467
- 敬遠:28
- 与死球:28
- 奪三振:1008
- 暴投:36
- ボーク:4
- 失点:727
- 自責点:661
- 防御率:3.92
- WHIP:1.33
※歴代順位は2022年3月時点。
参考:“武田一浩”の検索結果
受賞歴
日本プロ野球
- 最多勝利(1998)
- 最優秀救援投手(1991)
※年間成績による主なもの。
参考:武田一浩
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