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普段の自分らしさをブログでも実生活と同じように分かり易く伝えたい

ブログの記事が他のサイトからリンクを偶に貰っていて最も多いのはFacebookへの共有なんだ。すると何よりもFacebookの利用者に好かれるブログになっていると分かる。

僕は使ってないけれどもFacebookは実名でやるのが一般的みたいだから真面目な人が多いというか、ネットとリアルを切り分けず、ありのままに使われていて比較的に本心が強めに出されているように感じる。

Facebookで好かれるのは実生活が反映し易いとすると個人的に面白い。実生活では僕は人気が一つもないわけではない。癒し系男子と呼ばれたり、皆は普通に仲良くしてくれる場合もあるんだ。

ブログを、一年以上、続けて記事にコメントが殆ど付かないのもあり得ないかも知れないし、余りにかけ離れ過ぎる人当たりは悩ましい。

考えると笑顔が伝わらないのが最大の原因だし、しかもブログでは人々へ寡黙なままの他愛もない受け答えだけで済ませるわけには行かないからキャラクターが非常に分かり難い。

ネットとリアルで自己表現は本当に正反対だろう。誰かに死に物狂いで言葉を延々と尽くすとかなんて実生活では記憶にない。作家活動でなければ微笑みながら少ししか喋らないからブログの印象から捉えられると大違いとも過言ではないわけだ。

ブロガーとして考え直さなくては行けない。僕自身のイメージがもうちょっと分かり易く伝わるように雰囲気を実生活へ近付けるべきだ。

デザインは落ち着いて纏められたし、大丈夫なはずだから文章こそ相応しく変えるのが大切だ。たとえ数千字を並べても一瞬で過ぎ去るように仕上げられると良いと思う。読んで聞いて訪問者を考え込ませない。不思議に気持ち良いほどのスタイルが自分らしいのではないか。

いって永遠の些細な日常に他ならないイメージが求められずにいないし、ブログ全体が僕自身に一致する雰囲気を持つようにさらにもっと強化する言葉遣いを是非とも取って行きたい。

作家活動は灯台もと暗しだ。書けば書くほどにお喋りな人に思われて本心から遠ざけられてしまう。むろん当て嵌まれば持って来いの創作にしても全員には通用しないわけだ。お喋りではないのに書き捲るかぎり、本当の自分を完膚なく指し示す表現には工夫が必要だったと気付く。

たぶん僕は言葉数がどれだけ多くても基本的に味わわれる趣きは沈黙みたいな印象を与える作家、詩人、そしてブロガーになるしかないはずだ。

ブログにFacebookへの共有が最も多いのは世界一のソーシャルメディアだから訪問者の中でも使っている可能性が高いだけかも知れないにせよ、一般的に実名でやって普段通りの自分らしさを出すのがFacebookの魅力だと共感するし、何はなくとも今まで以上に皆に記事を接して貰えるように実生活の雰囲気を損わない仕方でブログを更新するのを望む。

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