澄んだ眼差しの世界で自然に出会い得る天使は詩的だ 結城永人 - 2016年12月9日 (金) 日本アニメーションがフランダースの犬のアニメの第一話を動画で無料公開していて素晴らしい。 フランダースの犬の胸熱く泣けて来る詩のイメージ フランダースの犬 第1話「少年ネロ」|日本アニメーション・シアター オープニングの主題歌のところが凄く好きだ。分けても池に張った氷の上をネロとアロアがくるくる回りながらパトラッシュが割って入ったせいだけれども滑っているのを観ると胸が熱くなるんだ。 そして涙も溢れざるを得ない。人と人との絆は心から清らかには引き裂かれないのではないか。滑り込むほどにパトラッシュが詩になってしまっていたせいで、ネロのアロアの通じ合う言葉(胸のうち)を表現していたと味わわれる、正しく喜ばしく。 十数年来、徹して作詩しながら詩人として幾つもの詩集を仕上げて来たし、詩、または詩歌への造詣は今現在でも絶えず、深まり行くばかりにもせよ、アニメのフランダースの犬のオープニングのパトラッシュの詩のイメージは実に見事だと感嘆させられる。 人々に何かを伝えるためには子供向けでやると最も分かり易いという好例ではないか ただし大事なのは清らかな心だ。清らかな心からパトラッシュの詩のイメージも生み出される。ネロとアロアの澄んだ眼差しこそ世界を呼んでいたし、詩としてやって来るパトラッシュのそばには天使を感じるのがやはり自然だろう。 アニメのフランダースの犬は二人と一匹の世界を通じて天使と出会えるところが最高だったと認めるしかない、改めて日本アニメーションの動画と共に。 かつてテレビ番組で放映された当初の最終回は三十パーセントを越える視聴率だったらしい。 四十年以上前だから人々の趣味嗜好は変わったにせよ、清らかな心から見出だされる天使は気に入るし、現実に手放すわけには行かないと思う。 ネロとアロアの心の繋がりは何とも初々しくてチューリップがぴったりではないか 永遠に歌いたい。今だからでも昔ならばでもなく、天使が寄り付かずにいない清らかな心は非常に重要なので、生活に取り入れては自分自身も向上できるし、人々にも伝えられるときっと良いはずだ。 コメント 新しい投稿 前の投稿
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