神風特攻隊を志願して死を選んだプロ野球選手の石丸進一の人生で最後の勇姿

自分の写真結城永人 -

石丸進一は第二次世界大戦でプロ野球として、唯一、神風特攻隊で戦死した人物で、しかも自ら志願して日本の人々のために死を選んだ気持ちが本当に凄いというか、計り知れない思いに駆られる。

特攻隊員として凛々しいかぎりだ

特攻用機体か何かに肘をかける神風特攻隊員の石丸進一
Shinichi Ishimaru by Unknown / Public domain

石丸進一の戦闘服を着た特攻隊員としての写真が残されていて人生で最後の勇姿を偲ばせる。落ち着き払って穏やかなようにも緊張して引き吊ったようにも見える何とも捉え難い表情だ。しかし全体の雰囲気としては神風特攻隊の機体か何かに肘をかけてゆったりした印象を与える。およそ凛々しいとしかいいようがないけど、死を明白に宿命付けられて生きる人間の独特の格好良さみたいなものがあるんだと認める。

1944年に学徒出陣によって佐世保海兵団に入団すると海軍飛行科を希望して第14期飛行専修予備学生として筑波海軍航空隊に配属された。

1945年に神風特攻隊に志願して特攻隊員になると出水での特攻訓練を受けてから鹿児島県の鹿屋基地に転進する。後の5月11日の菊水六号作戦の発動により、神風特攻隊の第五筑波隊隊員として爆装零戦に搭乗した。沖縄方面の米機動部隊を目指して出撃すると最終的に突入の打電がなかったために作戦は失敗して途中で敵軍から撃墜された可能が高いけれども帰還することはなかった。

石丸進一の勇姿は普通に考えても有り難みが、非常に大きい。こういう人がいてくれたからこそ今の日本も存続しているわけだったんだ。決して見過ごしてはならない歴史的な重みが犇々と味わわれてしまう。もはや足を向けて寝られないとも過言ではないだろう。国の存亡を賭けた一人の人間の勇敢な佇まいにはどんな仕方で果たされた後世からでも涙を誘うように胸打たれるのが自然に違いない。

我、人生二十四歳にして尽きる。忠孝の二字。

石丸進一の神風特攻隊で出撃する鉢巻

石丸進一は二十二歳(数え年:二十四)で戦死した。神風特攻隊はプロ野球選手でも唯一らしい。どうして他の兵士たちと違って志願するまでにやる気があったのか。人間的に興味を引かれながら考えてみたくならせる。

石丸進一の生い立ちと性格について

名古屋軍のユニフォームを来てベンチの入り口に片足をかけて立っている石丸進一
Shinichi Ishimaru by Unknown / Public domain

少年期、父親が自分の子供たちには苦労させたくないと学歴を付けさせるために学費を借金していたらしい。

石丸進一は子煩悩な父親の身を削る思いを誰よりも感じながら過ごしていたという生い立ちが任命されれば死ぬしかない神風特攻隊でも敢えて積極的に手を挙げて志願するほどの大真面目な性格に結び付いていると想像される。

一言では人情派の人物なんだ。エピソードでは知り合いの子供を突如と殴ったり、気に入らない友人を怒鳴り付けたりする場面が目立つし、そばにいたら鬱陶しいだけかも知れない。

ただし戦時中で日本全体が荒れていた状況も踏まえながら認識するべきだろう。

石丸進一は深く悩んでいた。自分には寝ても覚めても止められないくらい好きな野球があるし、プロ野球選手になるという夢も叶って明るい未来を信じながら頑張って行く矢先に暗雲が非情にも立ちこめて来た。するとやはり人情派の人物にとっては世界から正反対の悲劇に見舞われた嘆かわしいかぎりの事態だったと察せられる。

どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。かつての幸せな日々を何とか取り戻せないかと煩悶に藻掻き苦しみながら胸を押し潰されるしかなかった感じがする。

知り合いの子供を突如と殴ったのは戦死しても自分を忘れないように覚え込ませるための愛の鞭だったのかも知れなくて理由もない拳骨で気付くと直ぐに謝ったようだった。気に入らない友人を怒鳴り付けたのは国のための戦争という人殺しへ自分を奮い立たせるための喝入れだったかも知れなくて野球への熱い思いを断ち切るように迫られていたようだった。

他のエピソードではどこかの子供たちと余りに微笑ましく野球を行っていてプロ野球のチームメイトが試合に遅れては不味いと辟易しながら探しに来たのに怒れもしなかったというのが如何にも人情派の人物として味わい深くて心に染みる。苛立ってさっさと連れて帰りたいチームメイトも普段から親しんでいて良い人だから好きな野球を通じた子供たちとの幸せな光景に言葉を濁さざるを得なかったのではないか。周りからの人望が厚いと感じさせるし、優れた人情味に加えて世の中での信頼できる人柄も滲み出ているようだ。

プロ野球では石丸進一は名古屋軍(現在の中日ドラゴンズ)に入団して主に投手としてエースの活躍を見せていたらしい。全盛期にはチームの四割の勝利に貢献していたというから大黒柱といって良い。

ノーヒットノーランも、一回、達成している。相手を全く寄せ付けない試合運びだけれども本当に数少ない結果を残した。相当に秀でた投手だったはずだ。

平和への祈りが否高まらずにいない

今此処から石丸進一の零戦の前での人生で最後の凛々しいかぎりの写真を思うとプロ野球選手の輝かしい栄光の軌跡と神風特攻隊の戦争への勇敢な意気込みがオーバーラップして目頭が熱くなる。

一体、死に急ぐ必要はなかったのではないか、戦争に不本意に巻き込まれたと可哀想なだけならばやる気のない兵士でも誰でも同じにせよ、平和への祈りが否高まらずにいない。短い生涯を本気で駆け抜けた石丸進一の格好良過ぎるくらい凄い顔付きから皆の生き易い社会、そして日本を実現するべきだと改めて学ぶ。

参考:石丸進一

コメント