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イースター島で気になるモアイの五つの鑑賞スポット

イースター島(ラパ・ヌイ国立公園)のモアイについて好んで調べてみると先祖の霊を祀っていて島民の守り神だったと分かったけど、しかし一つの謎が解けても又別の謎が生まれて来るようで、モアイそのものの造形から芸術的な関心、または存在から文化的な興味を受け取りながらとても興味深い気持ちに駆られ続けてしまう。

モアイはイースター島のあちこちに点在していてそれぞれに趣きが異なっているので、気になるモアイの鑑賞スポットとして五つを選び出しながらどんな感じなのかを纏めておきたいと思う。

鑑賞スポット①アフ・トンガリキ

イースター島のアフ・トンガリキの十五体のモアイ

イースター島で最大の祭壇/アフで十五体のモアイが並んでいる。海を背にして著しく連なる巨大な佇まいが見るからに島民の守り神らしい様相を呈している。崇高そのものとも過言でないだろう。

胸を締め付けられる感じがする、計らずも。海鳥の声がどこからともなく聞こえて来るようで、果てしなく心に染みる詩情を湛えているモアイの魅力を象徴的に示している。

本当に行ってみたくならせる。モアイは不思議なロマンを与えるけれども顔自体が体というイメージの美しさに惚れる。気持ちが全てみたいな人々の生き方が反映してそうで、命が燃え上がる瞬間を未来永劫に捉えているのではないか。嬉しくて実物からかけがえのない幸せに肖りたいと引き付けられずにいない。

鑑賞スポット②アフ・アキビ

イースター島のアフ・アキビの七体のモアイ

七体のモアイが精妙に並んでいる。イースター島では珍しく海に向かって立っているらしい。高台から海を見下ろすような感じで、唯一ともいわれる。

大空と比べると流石に小さいようだ。七体ではモアイも祭壇では圧倒され過ぎないせいか、人間に近いという情緒が漂っている。余白が際立ってこの世とをあの世を結び付けながら魂が飛び交っていると想像してしまう。

正しく霊感が刺激される配置では目に見えない神殿の支柱そのもののモアイがアフ・アキビだろう。厳粛な祈りに誘われる。自分も先祖と同じようにいつかは死んで世界に別れを告げるかぎり、今此処で必要な真実とは何か。心の安らぎとしかいいようもないと思う。

鑑賞スポット③アフ・ナウナウ

イースター島のアフ・ナウナウの六体のモアイ

右端の一体の頭が崩れていて左端の一体は殆ど損傷がない。七体のモアイが順番に右から左へ出来上がって行くような、あるいは左から右へ風化してしまいそうな完成度の流れを受け取る。

左側の四体には丸い髪型/プカオがしっかり付けられている。赤い岩滓(火山砕屑物)で作られていてモアイが出現した後期の十七世紀頃から増えたみたいだ。

最も洗練された究極のモアイの姿と考えて良いのではないか、イースター島において芸術的にも文化的にも。廃れる手前の最後の美しさを示しているようで、モアイを愛するほどに泣けて来てしまう。

鑑賞スポット④ラノ・ララク

イースター島のラノ・ララクの土に半分だけ埋まった幾つものモアイ

イースター島のモアイは凝灰岩(火山灰堆積物)で作られていて噴火口のラノ・ララクの周りで取れていた。現在では作りかけのモアイが、一杯、埋まっていたりする。

どうなふうに作られていたかもモアイの作業場としてララ・ララクに落ちいていた道具で分かる。石斧だったらしい。凝灰岩の岩盤からモアイを削り出すために刃にはさらに固い石が用いられた。

大変な作業だと感心する。人々の時間の流れが今よりももっとずっと緩やかだったはずだからむしろ普通だったに違いない。いつまでかかるとかなんて気にも留めてなかったのではないか。思いの純粋さに触れるし、心から感動しては今を生きる素晴らしさを学ぶ。

鑑賞スポット⑤アフ・タハイ

イースター島のアフ・タハイの五体と少し離れた一体ずつの二体のモアイ

海と空へのモアイを介した眺めが清々しい。心を洗われるイースター島の絶景ではないか。人間と自然の一体化を感じさせて止まないところにモアイが見定められるというのは言葉を失いかける。

イースター島の伝説通り、モアイなしに島民の暮らしが成り立たないほどの守り神としての至高の有り難みが親身に理解される。いうとアイコン/偶像の喜びだし、出会いの良さが見る目から胸に大きく静かに広がるためだ。

本当に他には何も要らない世界で、生まれ変わるように鋭気が養われると思う。自分とは何者なのかを問い直させるし、考えながら真実を掴むかぎり、心は自由を味わわずにいない。出て来る言葉はとにかくも感謝だけだ。一つの願いを聞き入れるように受け留めるモアイは目指すべき平和を解き明かしている。

モアイが宿している神秘的な魔力

人々の守り神というのはやはり自由と平和が欠かせないとイースターのモアイから良く分かる。だから好きなんだ。本質的に正しいから興味や関心の全てが吸い込まれるように見逃せなくなってしまうんだろう。

毎日が強制と争闘の連続では誰も生きていたいとは感じないと思うし、絶望的な暮らしでしかないわけだからまさか嘘でも避けるには越さない。

イースター島のモアイは人間と自然の一体化を教えるとすると自由と平和から生活でのかけがえのない幸せを未来永劫にわたって夢見させてくれるのは確かだし、望むべき明日を恒久的に光り輝かせながら喜びを育むと共に悲しみを払い除ける魔力を神秘的に宿しているに違いないと信じるのも容易い。

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