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ノーベル文学賞のクロード・シモンも本を出版できないフランスのエスプリで本物の文学はどこへ行ったか

フランスで面白い実験が行われて有名作家のかつてノーベル文学賞まで貰った小説の俊英のクロード・シモンの作品の抜粋を国内の様々な出版社へ送り付けるも本にするのを悉く断られてしまった。

ボル氏によると、ある編集者は「一文一文が果てしなく長く、読者を完全に突き放している」と感想を述べたという。

ノーベル賞作家の作品送ってみたら…全出版社がボツに ファンが「実験」 via AFPBB News

笑うのはクロード・シモンがフランスの小説家だった。二十世紀中盤に流行っていた文学潮流で、ヌーヴォーロマン(新しい小説)の代表格、またはアンチロマン(反小説)の最有力として専らアラン・ロブ=グリエと共に並び称されるような存在だったそうだ。一般人ならば未だしも本の出版社が自国のノーベル文学賞の有名作家の作品を知らないと暴き出されてしまったのをどう受け取るべきか。

手が透き通るから思い浮かぶ綿菓子と心行くまで遊ぶしかないだろう、歌いたければいっそ。幸せな気持ちにさせるのはなぜかはフランスのエスプリ(機知)のせいだと考えると日本では馴染みが薄いだけだ。

分かり易く捉え直すと頓知なんだ、利かされているのは。日本人ならばアニメの一休さんが記憶に新しいかも知れない。僕にとっては児童期に良く観ていたから馴染みが深いと振り返られる。

名場面としては仕えていた将軍様から屏風に描かれた虎を捕まえるように命じられると先ずは出して下さいと切り返して頼んだ一休さんが挙げられるんだ。

人に無理難題を押し付けるのが貴方の魂胆なのか。

利かされた頓知でハッと我に返りながら悪びれもせず、言葉を詰まらせるばかりの将軍様の人間的な温かみはたとえ長続きしなかったとしても素晴らしいと感じた。一休さんはいうまでもなく、頭が冴えていたし、物事を受け取る機転の良さに満ち溢れているわけだった。

如何にも小憎らしい言動を覚えたかぎり、一休さんを追い駆け回すようにまるで頓知をせがみながら暮らす将軍様の気持ちも自然だった。いつも利かされないのが苦しい。驕慢に耐え兼ねながら人間的な温かみを失うほどに募るのは渇望だと想像したいというと内面が中心だ。本当に出会えたのが嬉しくてとことん可愛いかったに違いないだろう、将軍様は一休さんがそばにいると意地悪でも。

世界には様々な笑い方があるし、時として理解するのに手間取ったりもするけど、日本の頓知とフランスのエスプリが似ていると初めて気付かされた。

一般的に機知と訳されるからつとに紛らわしかった。頓知が日本で死語に近いせいもあるかも知れないけれども改めて蘇生して良いと思う。一休さんを踏まえれば人間的な温かみを齎すのは明らかだし、生活に目覚ましく役立つとは疑い得ない。機知ならば機知で、改めてフランス語のエスプリは頓知が入って冴えた機転として捉え直すべきだといいたい。

ボル氏は、出版社の反応が今の出版界の実利主義を物語っていると嘆き、仏文豪マルセル・プルースト(Marcel Proust)の言葉を引用しながら、文学作品を出版するにはすでに有名な作家である必要があると指摘した。

ノーベル賞作家の作品送ってみたら…全出版社がボツに ファンが「実験」 via AFPBB News

マルセル・プルーストもフランスの小説家ながら二十世紀の世界文学を総じて象徴するような存在だから知名度そのものはおよそクロード・シモンの比ではないかも知れない。

代表作の失われた時を求めては日本の本屋で文庫本のコーナーを見てもいつまで続くんだと開いた口が塞がらなかったりする。一冊でも分厚い辞書並みの頁数の小説が、全十巻、揃っている光景はひょっとすると未経験ではないかしら。読むだけでも心底と大変そうだし、ここだけの話、僕は第一巻を買ったものの冒頭しか読まずに止めてしまった状況なんだ。たぶん言葉と生活が合致しているから読み終えると却って分からなくなるかも知れないと恐れる。後戻りのできない世界を守るためにはマルセル・プルーストが命を落として書き続けられなかった(後半の殆どが死後に遺された原稿から他人によって完結されている)ように読むのを途中で止めてしまうのも失われた時を求めてへの一つの手というか、認めれば味わい方だった。

フランス文学でヌーヴォーロマン、またはアンチロマンが出て来たのは失われた時を求めてで極めて名高いマルセル・プルーストの新しい良さを引き継いでいるはすだ。

読まないのも読んでいる。ならば書くとは何だろう。書かれなくても読まれたかぎり、作者が書くような世界こそあってはならないのが作品らしい。言葉なんて生きるだけの真実だったと考えるよね。

だから凄い、クロード・シモンは実際はマルセル・プルーストの人生を真摯に問い詰める筆致の文芸作品そのものでさえも小説家として追い抜いていて本物の文学を知覚していたわけで。

個人的に悲しかった。読みたいのに日本で全く売ってない。偶々、アカシアの和訳された単行本を見付けたのが二十代中盤の忘れ難い思い出の一つになっている。

アインカドラ砂漠オアシスのアカシアの木

昨今、インターネットで直ぐに探し出して買えるみたいだけれども本屋ではやはり置いてないし、どこかに在庫があるならば注文して何とかなるにせよ、フランス文学でもヌーヴォーロマン、またはアンチロマンの小説は世間的に見かけないんだ。

クロード・シモンはノーベル文学賞に確かに値する作家の逸材だし、作品から取り分け本物の文学を教えてくれるので、翻訳するのが厄介な外国語の日本どころか母国語のフランスでさえも等閑に付されるとなると何とも心許ないかぎりだ。

ボル氏は作品の抜粋を送った出版社については言及を避けたものの、シモンがノーベル文学賞を受賞するきっかけとなった『農耕詩』ですら、多くが出版を断ったという。

ノーベル賞作家の作品送ってみたら…全出版社がボツに ファンが「実験」 via AFPBB News

とはいえ、本物の文学を決めるのは誰か。求めるのはフランスにかぎらず、日本でもどこでもクロード・シモンを尊ぶならば退っ引きならない問いを覚え込まされたはずだろう。生きるだけの真実の行き先こそ最重要ではなかったか、又掴み取られる言葉の世界の幕開けのためにも押し並べて。本物の文学は人それぞれの思いに委ねられていると認めざるを得ないんだ。

往年の大文豪、マルセル・プルーストから捉えるとフランスは、百年以上、何も変わってないのかも知れない(有名作家のクロード・シモンは名前が伏せられなければ誰もが注目するべき作品しか持たなかったかどうかは何れにせよ)。読者への受け狙いの出版社が多いのは読者自身が本の支払いを拒絶しないせいだ。売れるかぎり、もしも文学という知識の衰退を嘆く、社会的に悲しむならば興味本位で動いている国自体を直視するしかない。

良いといえば良いし、世の中で興味本位が知識よりも正しくないみたいな保証はないだろう、どんな小説も新しいほどにリアリティーを表現しているならば売れ筋の本が余程と有益だとさえも感じるのは確かだ。

気になるのは本物の文学だけれどもフランスで当たり前に出版されないとするとどこへ行ったのか、または諸外国でも変わらず、日本が同じならばクロード・シモンの作品を読むだけでは飽き足りないように期待するほどに追い求めずにいない。

畢竟、僕だけかも知れないにせよ、知識でも興味本位でも構わないから出て来て欲しいと甚だしく願う。

考えてみればきっとフランスのエスプリの中に溶け込んでいるのではないだろうか。

さてはノーベル文学賞のクロード・シモンが自国で無名作家みたいに大抵の出版社から相手にされないと聞いたのに必ずしも落魄せずに過ごせるのは一休さんとの触れ合いに魅了されながら褒めそやしもしない将軍様の気持ちに準えると可愛さ余って憎さ百倍の楽しい人生への想像力が逞しいかぎりだ。

消え去っても受け取る本物の文学を大事にして行こう。どこへでも構わないというとまるで恋人のように引き離し得ないせいだった。呼びかける言葉を密かに結び付ける靴紐は明らかに真実だとしても互いに入れ替わる瞬間を見聞するのはやはり難しそうだ。況んや咲き出した鳥の柔らかい地球を飾る錦に引き下がってはならない。

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