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日本の止まらない過労死は戦時中のインパール作戦のように無茶苦茶な悪意に起因しているのだった

少年期に過労死が初めて話題になった。日本人は働かないように労働時間を減らすべきだといわれているうちに週休二日制が導入されたんだ。1997年に労働基準法第三十二条で施行された労働時間に合わせて営業している。学校もそうで、昔は土曜日もちょっと行っていた。段階的に減らされながら会社よりも少し遅れて2002年の学校教育法施行規則の改定/学校週五日制から少なくとも公立学校は完全に週休二日に移行したし、大抵の私立学校も授業時間を合わせているらしい。

過労死で思ったのは第二次世界大戦の日本兵が捨て身の特攻をやっていたのを踏襲しているみたいだ。日本人の大きな特徴の一つとして会社でも捨て身で働くのが当たり前で簡単に変わらないのではないか。いい換えると滅私奉公の発想が美徳として世の中に広まっているかぎり、労働者は会社のために尽力するのが第一だから過労死を避けるのは困難だろうと感じた。

結局、職場が週休二日になっても代わりに残業が増えるし、短縮された労働時間に対して一日当たりの作業が逆に嵩むせいだ、全然、意味がなかったんだ。

しかし日本人の意識改革が新しく行われたためか、週休二日制と共に会社で働き捲るのは必ずしも良くないと気付き始めたように世の中で過労死と暫く聞かれなかったのも事実だった。

東京のレインボーブリッジのループ線の夜景
The loop-line of the rainbow bridge in Tokyo by xegxef [CC0], via Pixabay

今年に入って電通やNHKという大企業で社員の過労死が報じられて又大きな話題になったから考えさせられてしまう

僕が週休二日以降の日本で青年期や中年期に色々と会社で働きながら見付けたのは状況が変わっていた。捨て身で働くのが美徳と滅私奉公の発想が要因とはかぎらないのではないか。戦時中が生い立ちの年寄りで古いままの場合もあるし、休まないのが格好良いと皆に長々と働いて欲しがる。年々、引退して会社から減っているのにさほど変わらないというのが驚く。

新しく戦争の悲惨さを少しも経験してない人たちでも同じように長々と働いて欲しがるのはなぜか。本人に訊かないし――職場で本音を問い詰めても仕事から外れるばかりだから小説の題材にでもするつもりがなければ笑えないと気が引ける――たとえ口を開いても不景気だから経費削減の少人数の仕事で過重労働を熟すためだと応えられるように雰囲気で分かる。そうした事情は確かに認められるし、だからこそ日本でブラック企業と呼ばれる過重労働が当たり前の会社も出て来てしまっているわけだ。知りたいのは本当の人々の状況なんだ。どうして変えずにやっているか。過重労働が前提条件では認識も職を失いたくないとか貧困生活を余儀なくされるわけには行かないなんて結論しか基本的に導かれない。

アダム・スミスの右向きに立っている彫板

経済の事情を掴んでも僕には納得できない。さもなければアダム・スミス(経済学の父)の国富論だけ読んで丸分かりの「人間=経済主体」だから文学なんかやらなかったはずだ。天職が作家だし、文学を含めて真実味が高くて個人的に納得できる状況というと仕事が生き甲斐の見方から生じているようだと見付けた。

日本に人生で仕事が一番だし、自分が好きだから皆もやると良いと長々と働いて欲しがる人が増えているか、または会社で優遇されてリーダーなどの管理職に昇進したり、代表取締役などの役員に昇格したりするために働き方が厳しくて過労死の危険性を免れない。

昔は少しか働かないのは世間的に格好悪いし、頭ごなしに非常識だと打つかっていたとすると今は愉快だから様相がはっきり異なる。

およそ長々と働くという乗りが誰でも一緒にやろうみたいな仕方で、先ず何よりも友好を示される。休みたければ比較的に断り易いかも知れないけど、ところが根に持たれて人間関係のイザコザとして陰湿化される傾向が増して来ている。

職場で次に会ったら事前に断られた分の仕事を追加で覆い被せようとか要するに働きたい自分に休んで敵対して気に入らない奴だから仕返しに酷い目に遇わせるべきだと悪意に突き動かれてしまうのが厄介なのではないか。

人間にとって仕事でなくても好きな気持ちを否定されるとどうしても辛くて相手に対して攻撃的な方向へ全てが進んでしまうのは一つの実態だと考えられる。

なので電通やNHKの過労死にしても大企業で組織力が強くても要職が現場を把握し切れない部分はあるかも知れない。

大企業だから業務が幅広くて全社員に目が届かないせい(制御不能)と思いがちだけど、しかし中小企業でも過労死は起きているし、ブラック企業だって大企業とはかぎらないというか、むしろ潰れかけの中小企業に多いはずだ。

日本で週休二日制に象徴される過重労働の軽減の知識が定着しないのは概して「人間=経済主体」が命題ならば不況のせいでしかないけれども現実には仕事が三度の飯よりも好きみたいな人生観に基づいていると僕は思う。

良いし、素晴らしい。悲しいのは一人でやらず、他の人を巻き込んでしまうところなんだ。休まれて悪意を持つくらいならば一人で、全部、やって欲しいというか、それこそ本当に格好良いから頼られる。一人でもいてくれれば職場は心から楽しくなるに違いない。

例えば綺麗なお姉さんなんか皆の分まで働いていたんだ。感心しながら見ていたけど、しかし予想外に早く会社を辞めてしまう。大変だからやはり期待するべきではないだろう。

一般的にいって仕事が捗らないとどうするべきか。そこでだから他の人を巻き込みながら休みたい人まで無理にやらせる働き方が重要ではないと注意するべきなんだ。会社も結果だけを評価していると分からないし、職場がボロボロでも業績を上げたと無批判に続けさせてしまえばかりに今直ぐではなくても後から過労死が起きるのは致し方がないと予想される。

シェナムの骨だらけの丘という戦場
Battlefield on Scraggy Hill at Shenam by Official photographer of No.9 Army Film and Photographic Unit. [Public domain], via Wikimedia Commons

第二次世界大戦で日本がアメリカに負けた大きな原因の一つに挙げられるインパール作戦の失敗と非常に良く似ている。無茶苦茶な指令が出されて三万もの日本兵が敵のイギリス軍に殺されるよりも飢餓と病気で自滅してしまった。インドシナ半島のミャンマー(前ビルマ)からインドの北東部のインパールへの歩兵隊の余りに長過ぎる遠征で諸々の物資の補給が途絶えるし、碌に戦えもしないまま、拠点のコヒマまで辿り着いて攻略するのが精一杯で、以降、イギリス軍と援軍のインド軍や地元のグルカ兵たちに追い払われながら途中で引き返すしかなくなった。十五師団、三十一師団、三十三師団と三つの部隊が立て続けに出征したものの何れも大部分の日本兵が亜熱帯の雨季の止め処ない豪雨(世界で最も降水量の多い地域)に痛ましく見舞われながら帰り着くのは甚だしく過酷を極めた。後からは白骨街道と振り返られるほどに夥しい死体の数々を残し続けるばかりだった。

ビルマやインドで日本軍と戦ったイギリス人将兵は、死ぬまで銃を離さず、捕虜にもならない日本軍の戦いぶりに背筋を凍らせた。イギリス人将兵にとってもインパールの戦闘は、猛スピードで進軍してくる日本の大軍を迎え撃つ困難な戦いだったという。

インパール作戦は日本軍の戦力が無駄に削られた代表的な事例だった。世界では、人類の戦争史上、最も愚劣な作戦とも語り継がれているらしい。

大局的な観点でイギリスから中国への敵国間の援助の道筋を遮断するつもりだったんだ。速攻で進軍して何とかなるはずだったけれども予想以上に長期化しながら尚も執拗に食い下がったために被害を大きく膨らませたようだ。現場の兵士たちが頑張れば武器も食料もなくても勝てるみたいな日本軍の牟田口廉也中将に端を発する――記録では「味方5千人を殺せば陣地を取れる」と最初から野卑に企てられたとされる(無謀と言われたインパール作戦)――参謀本部/大本営の好都合な思い込みだけから決行されてしまったせいだと受け取らざるを得ない。労働者がどうしようもなく疲弊しても大丈夫だろうと高を括って職場環境をしっかり改善しない会社の経営についても日本ならではの姿ならばもはや正しくインパール作戦と呼ぶしかなさそうだ。

現時点、過労死がなくならないのは日本でしか起きないと聞かれるけれども職場に悪意が蔓延っているせいなので、根本的に解決するならば全ての起因となっている人々の仕事が好きな気持ちを批判する必要があるといっておきたい。

人生で一番と本当なのか。人工知能がどんどん発展すれば世の中で働くのはロボットだけで人間は誰でも遊んで暮らす日は近いなんて見方も出て来ているけど――「未来学者によれば、バーチャルな世界、つまりコンピューターゲームが、人々の『生活』の場になるとの事だ」(30年後にどんな職業がなくなるか?)――とにかく普通に考えて個人的な意見だと十分に分からずに皆に嫌でも働くのを勧めるというか、休ませずに仕事を無理強いするのは周りの人が誉めたり、似た者同士でくっ付いたりして本人の思い込みが激しくなっているためだから一人ずつが警戒するべきだ。

日本人には世間的に仕事が好きな気持ちに敢えて耳を貸さない努力が求められるのではないか

仕事への思い込みが激しくてついに働く自分だけが偉いとなると職場で休む人を殺しても本当におかしくないんだ。論理的に矛盾してないから本人は好きな気持ちを否定されたとしか感じないし、同じように働かない相手へは敵視するしかなくなってしまうのが精神の恐ろしさだろう。日本人は島国に住んでいて皆で仲良くするのが当たり前みたいな風土が根強いし――社会学では〈他者以前の共同体〉と取り沙汰されるかも知れない――人々の微妙な差違が知覚できなくて元来から独断と偏見に囚われ易そうな性質もないわけではない。

どうして過労死が日本で何年も避けられないかは高度経済成長で日本が第二次世界大戦の敗戦から立て直された物語の影響が大きいと思う。二十世紀の後半の日本の歴史だけれども国と人々のために仕事が何よりも大切だと考えさせるのに十分な内容を持っている。仕事が好きな人たちが自分たちこそ社会で有益だと只単に個人的な意見に過ぎない気持ちを仰々しく錯覚するまでの切欠になっているに違いない。週休二日制が導入されて戦後の仕事一辺倒の時代から新たに分かりかけたにも拘わらず、依然として過重労働が重要だともはや日本人の美徳ではないにしても見做されずにいないわけだ。

人によってはアダム・スミスの「人間=経済主体」に匹敵するような立場から苦しみつつも頑張って働くのが現実だと理屈を付けたりしながら自分以外の意見を全く排除している。休むのは絶対に許さないと決め付けるし、職場で愉快に引き込むつもりが拒絶された途端に反対の人たちを気に入らないと悪意によって密かにも問答無用に働かせると同時に窮地へと追いやり続けていると察知するんだ。

晴れた日の一羽の駒鳥

国内で過労死が大きな話題になるのは電通やNHKの事件で二回目だし、職場環境が劣悪では不味いともうちょっと気付く日本人が増えて来ると良いと思う。

経済学的にいっても労働者は消費者だから会社で貶められると生活に嫌気が差して買い物にも気乗りしないから売れない会社ばかり目立つしかなくなる。日本の不景気の現状も非正規が多くて賃金が少ない雇用形態の弱体化を含めて劣悪な職場環境が前提条件になっている。

近年、アベノミクスで株価が上がっても内需(国内の取引)は拡大してないし、利益は気持ち良いほどには上げられなくて国全体の企業の生産力も伸びてない。外国の投資家が専ら欧米よりも益しだ(場合によってアメリカですらも安心できないというとトランプ大統領が北朝鮮の金正恩委員長と核武装を巡って悪口を露骨にいい合ったりして破廉恥なせいだろう)と日本の企業の株式を買っているだけだ。そのうち大盛況の中国に流れるのは目に見えているし、なぜならアメリカと仲良くしながら政治的に民主化されない国としての国際的な不安を払拭しようとしているからだ、すると日本は借金/赤字国債を超莫大に抱えているから破綻する可能性も著しく膨らんでしまう。生産力が伸びずに株価が下がったらアベノミクスは最悪の事態を引き起こす、国内の経済を速やかに回したくて大量に投入した貨幣がダブ付いてインフレーション(物価高)を招いて日用品も買えなくなるかも知れない。日本は以前よりも遥かに深刻な不景気へと嵌まり込み兼ねないんだ。

大事なのは雇用形態の非正規などの低賃金と職場環境の過労死に明らかな不幸を減らせるかどうかなので、経済上は内需を拓大して生産力を上げるためだけれども真っ先には豊かな生活を実現するためにどちらも早く改善して欲しい。日本は島国だから皆が仲良くするのが当たり前みたいな風土が根強いという独特の性質を持つならば正当に活かすように人々の微妙な差違を踏まえながら考えて生きるべきだと日本人が自覚するかぎり、誰も何も狼狽える間もなく、全ては造作ないほどに自然に盛り返して行くはずだ。

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