一日遅れのバレンタインデーのチョコレートと買い物とラーメン屋での夕食

姪が入院している精神科から一ヵ月振りに外泊に又来た。バレンタインデーの翌日だったので、一日遅れでも何かを貰えるかも知れないと思っていたら家に向かう途中でチョコレートを買って来てくれた。嬉しくも穏やかな気持ちがするのが珍しいと驚きつつも一年に一度の素晴らしいプレゼントを受け取るのは本当に有り難かった。


姪から貰ったバレンタインデーのチョコレート:赤い花柄で左上にリボンが付いたMary's/メリーチョコレートの箱

Mary's/メリーチョコレートという。調べると日本で初めてバレンタインデーのチョコレートを発売したメーカーの一つらしい。素敵な思いがする。味わいはあっさりして自然な口溶けなのが食べ易い。


治療抵抗性統合失調症は順調に回復しているのは間違いない。投与される薬物の数も日増しに減っているようだから幸いだ。一日も早く止めて欲しい。世の中には不可能な患者もいるから最も重症の精神病の一つに診断されながら薬物を免れるとしたら腕利きの医者と出会えたのかも知れない。面会して感心するほどの思い遣りの主治医だと分かったし、健康と長生きのために副作用だらけの科学療法を避けるように持って行くだけの器量というか、精神科医としての実力もないわけではない。可哀想な姪が一切の薬物から解放される生活こそ心待ちに願うばかりだ。


家に来た初日、姪は良く笑っていた。車でCDを買いに店へ連れて行くのも一日遅れのバレンタインデーのデートではないか。手持ちの紙幣の肖像を見て喜んでいて病んだ精神から幻覚でも起こしてそうに危惧されたけれども楽しくて細かく気付いただけならば素晴らしい。感覚が広がるのは外向的には良いと思う。内向的では実存の不安だから用心するべきだし、無用な観念に夥しく襲われていつも気落ちしたまま、生きざるを得なくなるだろう。有名なのはセーレン・キルケゴール(哲学者)で、自らの存在に絶望しながら思考していた。親の遺産を使い果たした頃に死んでしまったらしくて貧困などの現実の不幸にはとても弱いかも知れない。しかし外向的に広がる感覚は物事を細かく捉えられる分だけ生活の自由度が増している。新しい世界に数多く気付くし、殆どの場合、自然は平和(さもなければ誰も存在しないかぎりの心の恵み)だから元気付けられるのも間違いない。


一件目の店で、姪は欲しいCDがなかったみたいで、本のコーナーで予定外に本を買った。モコモコのポーチの付録が付いたファッション雑誌だった。自分でもモコモコの白い上着を着ていたし、フードにパンダの耳のような黒くて丸い飾りが左右に二つ分かれて付いていて可愛かった、軽度の知的障害者だから二十代なのに子供みたいな服装に惹かれるのではないか、ファッション雑誌を買ったのもモコモコのポーチの付録が気に留まったせいだろう。そしてレジの支払いで時間がかかり過ぎて手間取っているのが焦った。後から聞くと釣り銭の千円札に変な感じがすると笑っていた。感覚が外向的に広がるのは素晴らしくても言動が人々の習慣に合わないと理解され難いので、生活苦を嵩ませないためには慣れるしかない。芸術的に加速させると天才画家のヴァン・ゴッホのように非常に鋭敏な感覚から相当に面白い創作活動が実現されるにせよ、それ自体が人々の習慣と両立しなければ喜ばしく生きるのは社会的に難しいのではないか。慣れてさほど気に留めない程度の言動を取る、または日々を普通に過ごしてこそ世の中での心理的なストレスも減って長生きに結び付くと考える。


姪は病院から出て家に来るのが嬉しくて仕方がない。日常生活が特別な幸せと味わわれて釣り銭の千円札の肖像も気に留まって面白いわけではないか。繰り返すと慣れるし、いうまでもなくなる。そこから改めて特別な幸せを思い起こせると詩人かも知れないし、当たり前が最高だと分かるのが望ましい。どんなに近くても手の届かない彼方みたいに何よりも大切にできれば人間的に完璧だとも僕は認める。


二件目の店で、中森明菜のベストアルバムを買った。何が欲しいのかが良く分からないし、偶々、見付けているのかも知れない。姪は病院で長らく過ごしていて今時の音楽には疎そうだ。古くて中森明菜は三十年前にはデビューしていた。僕は少年期から知っていた。現時点でも有名だし、元々はアイドルだったものの老いて芸能界を消え去らずに息の長い歌手に変貌を遂げた。心に影を帯びた女性のイメージが強くてかつて近藤真彦と付き合って振られたりもしていた。どうも姪は不憫な世界を好む。車でCDを買いに連れて行った最初は湘南乃風を選んだし、趣きは不良の歌だから同じだろう。一言ではアウトサイダー(はぐれ者)の魅力に目敏い。激かわのお洒落さんだからDAIGOと結婚した北川景子のように静かに生きて貰わなくては困るのに騒がしく精神科に入院しまったりするから存在が不憫な世界にぴったり重なっている。本人は破れかぶれの人生を歩んでいるせいだと想像しながら微笑ましく見守るだけだ。好きな音楽を聴いて気分を盛り上げるのも一つの方法だけど、とにかく社会的に自立するためには自分を信じる力が根本的に欠かせないはずだ。誰にとっても同じながら姪は軽度の知的障害者として常人並みでは済まないから真心を込めてさらに力強く応援して行きたい。


夕食はラーメン屋へ行った。僕がいつもの塩バターコーンラーメンを止めて珍しくもやしそばを頼むと姪もいつものチャーシュー麺を止めて珍しくワカメラーメンを頼んだ。助かったというか、肉食が多くて外泊する際には家に来る途中でマクドナルドに立ち寄ってハンバーガーを好んで食べたり、病院のメニューが味気ないから反発しているのかも知れないにせよ、菓子の間食も多くて何よりも野菜不足が懸念されるからワカメラーメンは嬉しい。僕がもやしそばを選んだから野菜に興味や肝腎が湧いたのではないか。野菜がメインのラーメンだから殊更に注目されて同じように野菜がメインのラーメンを選んだと考える。


姪は誰かがやって良いと思ったことを自分でも直ぐに取り入れる性格なんだ。野菜を食べて欲しければ僕が食べるべきだけど、しかし気付かせるのは難しい。もやしそばと目立って分からせると違うと覚えた。ラーメンに野菜がもじゃもじゃで面白がらせるつもりが全くなかったわけでもないので、およそ興味や関心が湧きさえすれば他の何でも生活が新しく改善される可能性は高められるんだろう。


僕が良いと思ったことを面白く示すと自分に取り入れずにいない姪だから感性を問われる。物事は的確に感じ取らないと面白く示せないというか、的確に感じ取る物事こそ面白いわけなので、かりに姪に幸せを教えたければ僕が一緒に同じ幸せを味わってなければならないんだ。知ると簡単だし、良いと思ったこと、素晴らしい世界を感じるままに面白く過ごしていれば全ては伝わり易い。教えるといっても造作ない。

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