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長渕剛の順子を池田夢見のカバーで聴いて

長渕剛順子が聴きたいとYouTubeを探したら池田夢見カバーが気に入ってしまった。タイトル通りに女性が歌ったらどうなるかと興味を引かれる曲だったけれども思いが込められているようで素敵だった。



不可解な表現を取らざるを得ない。というのも詞に由来していて女性からは素直に喜べない歌ではないか。男性が他の男性に後から恋人を持って行かれた寂しさが良いと思う。良いというのも不可解なんだけれどもどうしてこんなことになってしまったんだと長渕剛がちゃんと考えて作詞作曲している音楽ならば寂しさが生きているはずだし、そのように受け留めて然るべき自己表現の濃さが順子には認められるせいで、僕も聴きたくなってしまうしかないんだ。


男性からすれば恋人以外に求める何かがあって愛想を尽かされた格好だと考えられる。すると人生を見守り切れずに離れて行った女性の情けなさが言葉の裏に潜んでいるわけだ。元々は寂しいのはむしろ女性で、構って貰えないみたいな感じというと可愛いかも知れなかったにせよ、そこで又戻って来ても二人の溝は修復できるとはかぎらなくて知り合いの二十代中盤の恋愛相談の男性ならば一人で過ごす間にもう既に他の女性と付き合ってしまってどうしようもなく悩まされざるを得なかったけど、ただし長渕剛の美学にはたぶんそれもなくて駄目ならば駄目で二人は二度と帰らなくて良いという潔さがあると思うので、僅かにでも離れたら不可解な表現にしても《永遠に遠くで見守る》しかなくなってこそしまう。きっと女性も潔さを踏まえてしか恋人と別れないはずだから順子には二人の寂しさが含まれるといって良いのではないかしら。可哀想な男性が全てではないだろう、恐らく。


長渕剛の順子が本当に素敵だと思うのは男性が女性を心から追い出しているところだ。見守って欲しかった気持ちとすれば愛の力強さに胸打たれずにいなくて素晴らしくてかりに振られても変わらなければ格好良いのも間違いない――。


カバーで池田夢見の歌やギターを聴いていて切なさが多く伝わって来た。詞にも「切ないよ」とあるけど、相手に心が届かなかったためだと良く分かる感じがして聴いていて好ましかった。女性が寂しくて振ったと長渕剛は詞では一言も触れてないので、口に出せば恨み節にせよ、心を切々と織り上げる歌だと優しく教えられもした。

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