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アクセスアップの鉄則ならばサイトのデザインを完全に纏めておくには越すまい

思い立ってブログのヘッダーのデザインを少しだけ変えた。というか、元に戻したに等しい。


さらに遡ればヘッダーの画像やアバターを出すようになるけど、やるかどうかは現時点では考えてない。


説明の「自分らしさ」のリンクを外した。リンク色で青になるから目立つし、デザインが微妙に崩れると感付いてはいたけれどもブログのコンセプトを示すために「思いを綴ることにした」にリンクしていたんだ。


些細な日常は普通にやって普通に人が来てないブログではないかと恐れ出したので、五百件の記事で一日に二十人も達し難いなんて状況は本当に不味過ぎる。


アクセスアップの鉄則ならば百件の記事で一日に五十人は行きたいし、さもなければドメインを変えるしかない。些細な日常はTumblrを去る。Google検索のサイト評価でトップページから全ての記事が比較的に低品質と見做されるようではブログに期待が持てない。


なぜ一日に五十人がアクセスアップの鉄則なのか


人々にメインサイトとして好まれてないと思う。ホームページのサブコンテンツか、実生活の付け足しなので、それでアクセスアップを求めるのは虫が良過ぎる。考えても現金だ。というか、メインサイトでなければアクセスアップを期待すること自体が間違っている。誰も来ない日記ブログならば少しでも嬉しいに決まっているけど、アクセスアップを期待して我慢できなければ些細な日常はメインサイトとして人々に好まれるべく作り直さなくてはならないい。


デザインか、記事のせい。記事は本当に良くやっているというか、一日に二十人では判断が付かない。現実を直視すればまさかサングラスが必要なくらい目に悪いし、それこそ才能だから人々にも気付かれないと精確には分からないんだ。自分としてはブログへのリンクが少ないし、アクセスそのものが不足しているから記事よりもデザインを先に調整したくなる。


デザインで一日に五十人が普通に達成できればブログの才能もあると自認して良いのではないか、ギリギリ。百件の記事なので、二件で一日に一人が確実に来る。本当にギリギリなので、一件の記事で一日に確実に一人のアクセスでなければ記事も改める必要はあるかも知れないだろう。


些細な日常も五百件以上の記事だと二百五十人以上のアクセスが毎日ではなければ喜んで本当に良いとはいい切れない。


先ずは気持ちが大事だし、十年以上もホームページのサブコンテンツとしてブログをやって来たという習慣が抜けてなかったのではないかと猛省される。


今からでも遅くないので、デザインを完全に纏めて出直したい。


昔のホームページで掲示板が盛り上がっていて掲示板のデザインを振り返ると皆の投稿が何よりも目立っていた。だから好かれたのではないだろうか。ブログに置き換えると記事が何よりも目立つようにヘッダーも添え物でしかないふうに考えた。訪問者が記事に真っ先に飛び付けるブログにするという。


ブログに来た実感は記事に触れてこそ喜ばしく得られるはずだからデザインを僅かにでも崩してまではコンセプトも出さなくて良かったのではないか。


人々のやって来た気持ちを削がないで速やかに記事を手にして貰うというと本当に当たり前だし、どんなブログでも変わらないくらいのデザインなんだ。


サイトの位置付けが問われる、自分の中で。ブログと記事の比重がどちらに向いているか。僕は記事に全てを注ぎ込むと望んだ。シーソーに見立てるとブログと記事は蟻と象ほどの比重で前者よりも後者が訪問者の目に大きく止まるようなデザインが良いと思った。


上手く行かなければ又直ぐに変えなくてはならないにせよ、アクセスアップに相応しいブログかどうかを常に踏まえてやるべきだ。

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