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一人でも多くの人に分かって貰えると本当に有り難いという自己表現が欠かせない

天使のモノクロームでVintage 2の十二種の写真素材を追加した。


差しかかる日陰

アクセスを本気で求めれば本当に良い作品を載せて行かないと駄目だし、以前よりも良い作品を出したいとはっきり感じながらやるようになって来た。


端的いえば人々へ向けた自己表現を考えなくてはならないだろう


大勢に好かれようとするとターゲットを人々に絞れば趣味嗜好で個人を想定するよりもサイトが広く受け入れられ易いのではないか。誰にも理解されなくてはアクセスは伸びなくても仕様がないわけだから一人でやるしかないと思うけれどもそれ自体がアクセスを阻みそうなんだ。気持ちが反対側を向いている。一人でも理解して貰えれば有り難いのは間違いないとしても理解してくれる人が誰なのかを自分で決めるとサイト運営がどうにも厳しくなってしまうという。


僕としては人々のためのサイト運営に芸術/創作活動から根本的に切り替えるつもりというか、そうした形を全く退けながらやっても苦しまざるを得ないような状況になって来ているんだ。


ブログでも少しずつ取り入れているし、老若男女の誰でもが気持ちを直ぐに汲み取れてあらゆる文脈で予備知識なしに記事が思う存分と味わわれる言葉遣いを実現して行こうと努めている。


皆が容易く呑み込める素麺のようなまるでツルツルと小気味良い文章、すなわち心の喉に違和感のないイメージの母国語こそがアクセスを確かに呼ぶのではないかと望まれてしまった、新しく好ましく。


日本人にとって理解される日本語というと気持ちが伝わるかどうかが大事だし、およそ訪問者の胸に染みれば喜ばれもするわけだからこれは詩的な作用だけれどもサイトのアクセスには求められて止まないはずだ。自己表現が理解されなくては注目される度合いが下がってしまうと共に作品の魅力そのものも覚束なくなると懸念される。


かつて一人でも多くの人に「知って貰いたい」とか「見付けて貰えるように」なんて教えて来たけど、とにかく肝心なのは理解されなくてはならなかった。


サイト運営のターゲットの範囲を狭めないかぎり、もはや人々へ向けて自己表現を行えばアクセスの可能性はぐんぐん広がるように感じる。


精一杯の思いを込めながら情熱的に取り組んだ作品が一人でも多くの人に分かって貰えると本当に有り難いし、人々のために励むという気持ちがあると真正面から上手く行くかも知れないので、いつも駄目というか、何をやっても詰まらないみたいに自分自身が逃げ腰で挑むよりはまさか期待されて来る。

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