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アルメリノ・アナリンが歌った尾崎豊のI LOVE YOUとMISIAの逢いたくていまは気持ちが乗っていた

テレビの音楽チャンプで第一回の歌唱チャンプにアルメリノ・アナリンが決定したのを観たんだ。

「逢いたくていま」 (MISIA) / アルメリノ・アナリン via tvasahi

プロ歌手を目指すフィリピン人の十七歳の女子高生で、他の出場者と比べて頭一つ抜ける声量だった。安心して聴けるからプロ歌手に近いと感じた。優勝して欲しいと考えていたら本当に優勝したから嬉しかった。声が十分に出ているかどうかがプロ歌手への第一条件だとすると他の出場者に打ち負かすのは厳しかったようだ。

皆さん応援そして見てくださり本当に本当にありがとうございました😢
皆さんのお陰で優勝することができました!
本当にありがとうございました😢

総じて日本の歌手は声量が足りないと思う。僕はMISIAしか本気で真剣に聴き込まない。それでも五オクターブの音域で、七オクターブのマライア・キャリーには劣る。アメリカ人だけれども日本人はやはり頑張って自覚的に練習しないと声量は自然には増して来ないのではないか。

古来の日本の音楽は別としてロックやポップスなどの欧米の音楽は伴奏の楽器も大きな音が出るし、歌手の声は同じくらい出ないとインパクトが薄い。メインでやるならば全体で、一番、目立たないとどうしても聴きながら不安になって来てしまうわけだ。

昨今の歌謡曲は欧米のロックやポップスなどが殆どだから日本人には最初から体質に合ってなくて歌うのは難しい状況なのを気に留めておくと良いと思う。

普通では駄目だと少しでも分かっていれば歌い方はそれだけ変わるに違いないし、重力に逆らって飛び立つ鳥のように日本人離れした思いから声はすんなり出易くなりそうだ。

アルメリノ・アナリンはフィリピン人で、公用語として英語が普通に喋れるようだから声量には向いていて昨今の歌謡曲で挑まれる歌唱チャンプには日本人よりもちょっと有利だったのではないか。

英語は日本語よりも強く発音する部分があるし、慣れていれば声も比較的に出易いと考えられる。

ただし審査員から日本語の発音を注意されたりもしていて表現力では不利だったとすると歌手としての評価そのものはチャラになる。

歌唱チャンプの準決勝で尾崎豊I LOVE YOUを歌ったのが初めて聴いたアルメリノ・アナリンの歌声だった

規定の選曲だったけれども詞の内容が深いから表現力が物凄く問われた。十七歳の女子高生には本当に厳しいだろう。日本で家庭内暴力や校内暴力が盛んだった1980年代の不良の思いがどこまで分かるか。最近だと姪が湘南乃風を聴きたがるけど、しかしそこまでまだ様式化されてない頃の作詞作曲だし、不良の思いをヤンキーと呼んでも世間的にさほど珍しくなかったんだ。ファッションとして個性的に捉えると微妙にずれてしまう。皆と通じ合う部分が大きくて一言でいえば生き辛さを尾崎豊は誰よりも感じ取っていたようだ。日本が好景気だったせいか、貧しさに真っ先に煩わされず、人間とは何かを純粋に追い求めていたという印象を与えるし、ロックだけれども文学的に取り組んでいたに等しい。

尾崎豊のI LOVE YOUは歌声に硝子を著しく感じさせる。問い詰めた真心が音楽を通して人々へはっきり伝わるように考えているせいだろう。自己表現の達人とも過言ではない。世界が透き通ったイメージを受け取ると上手いと紛れもなく認めるんだ。

歌うのは厳しいはずだし、本人以外から欠片も硝子を聴いた例がないけれどもアルメリノ・アナリンの歌声は思いが良く分かった。人生は上手く行かない。苦しい状況でどうすれば自分自身を保てるのか、日々の生活を守るために愛が必要なんだという解釈だと受け留めた。間違ってないし。良いと思う。

歌手としては頑張り過ぎるところが下手に聴こえるので――まるで真心が掴めてないみたいに気持ちを出し過ぎていた――むしろ華原朋美I'm proudとかならばピッタリだったかも知れない。

歌詞を思いから捉えて気持ちを乗せて表現するタイプなので、尾崎豊のI LOVE YOUは取り立てて向いてなかったにせよ、世界がドラマチックに色付いて味わわれたのは却って芸術的に面白かった。

決勝は規定の数曲から自分で選ぶからどうなるかと思ったけれども驚いたのはまさかのMISIAの逢いたくていまだった

テレビのカラオケ番組でプロとアマを問わず、女性歌手に良く歌われているし、世間的にも人気曲らしい、とにかく声量が足りないとMISIA以外で聴いて上手いと完全に思った経験は一度もない。

非常に難しい選曲だったはずだけれども準決勝で声は十分に出ているのを知ったからかつてない仕上がりかも知れないと楽しみも膨らんだ。

MISIAの歌は歌詞が案外と分かり難い。愛と恋が正確に区別されてないと気持ちが乗らない、歌っても。イメージがぐちゃ付いて自己表現の完成度が下がってしまう。

逢いたくていまは愛だけれども恋から改めて導き出されている。ある意味、新しいし、巷で滅多に見かけない。歌うとすると夢見られた恋人への思いとしての愛が分かるかどうかが試されるといって良い。

自分が好きだから貴方と逢いたいわけではない。他の人が歌うと願い通りの素敵さ/奇跡の触れ合いで止まるのが普通なんだ。恋人ならばたとえ夢でも引き離されてはならないという必然性を捉えないとMISIAの逢いたくていまのリアリティーははっきり出て来ないのではないか。

振り返ると笑ってしまう感じがする。一人で頑張っている好きな気持ちが相手を上回っているためだ。しかし泣けて来るほどの思いなんだ。貴方は本当は知っているのではないか。淋しさに迷っていた全てを受け留める人こそ素晴らしく恋しい。だから逢いたくていまと言葉が浮かんで来て作詞されてもいるんだろう。歌の世界としてはMISIAの愛が何よりも込められていると理解したい。

世の中を見渡すと全てを受け留める人はきっと貴重だ。どうしても打つかる、実際に誰かと付き合ってみると。最終的に少しでも分かってくれれば有り難いみたいに納得する。そこにMISIAはいない、きっと。いつまでも独身なのも恋人に全てを求めているせいかも知れないし、貴重という夢そのものに引き付けられているようだ。二人の世界、または絆へ些かも妥協しない恋愛観が最大の特徴の歌手だと考える。

アルメリノ・アナリンで聴くとどうか。MISIAの思いとしての愛を捉えるのは稀有だから大変だけれどもどうにもならないみたいなところから読み取られているのは良いと思う。そして願いが叶うと嬉しいというイメージで逢いたくていまを歌っていたのではないか。気持ちでは高低がしっかり分かるはずだし、諸々の起伏に富んだ世界をリアルに表現しているのが個性的で、歌手として自分らしさを損わない生き方まで伝わって来るから好感度は高かった。

端的にいうと歌に気持ちを乗せたスタイルが素晴らしい。審査員も感涙したり、言葉を失ったりしていたけど、他の誰にも真似できない世界を持っていると認める。プロ歌手を目指すかぎりは人々を魅了する強みだから大事にして弛みなく頑張って欲しい。

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