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登美丘高校ダンス部のバブリーダンスと荻野目洋子のダンシング・ヒーローが開けた精神的な風穴に

登美丘高校ダンス部のバブリーダンスを観て面白いと思った。高校のダンスの全国大会で何回も優勝しているらしくて巷でキレキレと話題になっていた。



振り付けを次々と発表していて色んなダンスがあるけれとも個人的にバブリーダンスが最も気に入った。


タイトルのバブリーというのは日本の1980年代のバブル経済から来ていて――証券や土地の価格がどんどん高騰するのを軽やかに浮き上がって行く幾つもの泡(バブル)に見立てている/国内の生産力が伴わないと弾けて終わって反対に大きな負債を抱える場合が増えてしまうから政治的には危険信号なんだ/何十年が過ぎても日本は抜け出せずに大不況が止まらないままとも過言ではない――登美丘高校のバブリーダンスは国民の多くが金持ちだった好景気の気分をファッションに取り入れたりしながら表現している。


お笑いの平野ノラがそうしたギャグを時代錯誤ネタとしてやっていたのがヒントになったみたいだ。ダンスの曲中にサンプリングされてもいる。今では聞かない「しもしも」とか「ドロン」なんて死語が出て来る。平野ノラのバブリー語は「おったまげ~」が代名詞にもなるくらい特徴的で、取り分け大きくフューチャーされている。


メインの曲がまさかのダンシング・ヒーロー荻野目洋子)だったのが真っ先に引き付けられてしまった


少年期、買って家で良く聴いていた。アルバムのNON-STOPPERだけれどもダンシング・ヒーロー六本木純情派が印象に残っている。何れも荻野目洋子の代表曲といって良いと思うし、振り返っても他は全く記憶に残らないくらいぴったりだったようだ。


バブリーダンスと聞くと女性が派手なボディコンのスーツで羽毛のふわふわの扇子を持って何人かがお立ち台に登ったりしながら大勢で盛り上がっているディスコのジュリアナ東京のイメージが強い。


DJのジョン・ロビンソンの「ジュリアナ〜東京〜!!」という雄叫びが耳に付いて離れない。


僕は行ったことはなくて実際にどんな世界なのかは経験してないもののテレビや雑誌などで知って良く覚えている。


登美丘高校のバブリーダンスでもジュリアナ東京のイメージが大きいけど、しかし荻野目洋子がダンシング・ヒーローで人気歌手だったのはそれよりもずっと前だったんだ。歌謡曲で世の中に普通に広まっていたし、本物のディスコとは必ずしも結び付かずに聴かれていた。ダンスサウンドの歌謡曲が流行り出していて荻野目洋子がとても目立って活躍していたし、狙いが端的に纏まっていて上手いみたいな感じだった。


だから考えると面白い、バブリーダンスについて。世間一般の歌謡曲にダンスサウンドが先ずは広まったところで、さらに特化するという形でジュリアナ東京に明白な如何にもしっくり来るスタイルで栄えたのではないか。


さて、ぼくのほうは、ふたたび仕事にとりかかろうとしている。ほど遠からぬ時期に第二の歌を出版するためである。十九世紀末は、現代を代表する詩人の出現をみるであろう(だからといって、のっけから一大傑作をもって登場というわけにはゆかない。やはり自然の法則に従わざるをえない)。ところで彼はアメリカ海岸、ラ・プラタの河口で生まれた。



詩人のロートレアモンがいっていたような世界は「自然の法則」で少しずつ変わって行くのが人間にとって真実そのものという美しい思考(存在の断じて味気なくはない情感の豊かさ)に繋がり得る。


登美丘高校ダンス部のバブリーダンスは選曲が巧みで荻野目洋子のダンシング・ヒーローをメインで使っているためにバブリーダンスといっても包括的な印象を与える。ジュリアナ東京のイメージではっきり認められるバブリーダンスの様式化された最終形態までの《歴史上の推移》を感じさせるところが物凄く良いと思う。少なくとも僕にとって目が離せなくなってしまう所以の多くは荻野目洋子のダンシング・ヒーローの扱いにかかっているのは間違いない気持ちがする。


平野ノラも荻野目洋子が好きだったらしくてお笑いのネタのBGMに取り入れていたりしたのは感性が鋭くて凄いと感心するけど――バブリー50音バブリーにしちゃうぞ!!など――それをヒントにきっちり掘り下げてバブリーダンスとはかつて何だったかを一つの社会的な発端から登美丘高校ダンス部は表現しているから的確に吟味されているし、パフォーマンスで示される認識が深い。


日本が分かるというか、昔はバブリーダンスの時期もあったとリアルに受け留められる仕上がりになっているのはファッションだけではなくて選曲にも基づいている部分が大きそうだった。


振り返ってジョン・ロビンソンを聴きながらでは画一的に嵌まって及び付かない世界が否めないし、バブリーダンスへ向けてダンスサウンドが世の中に広まった起点みたいな歌手の荻野目洋子の存在で根底的にずらされてこそすんなりと心に染みるように懐かしく味わわれたと思う。


若者から見ても不思議な錯覚を受け取るのではないか。バブリーダンスの世相を生きてないのに登美丘高校ダンス部のパフォーマンスに信憑性が高いとすれば荻野目洋子のダンシング・ヒーローが精神的に風穴を開けているせいだ。イメージが立体的に伝わって来る。


すなわちジュリアナ東京がダンスサウンドの歌謡曲に由来せずにいきなり生まれたかどうかは怪しいし、バブリーダンスを一つの時代として単純明快に時間順で捉えてもダンスサウンドの歌謡曲の後から続いたというのが本当でしかあり得ないだろう。

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