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リュシッポスのギリシャ神話のエロスの彫刻

古代ギリシャの彫刻家の一人で、古典主義のリュシッポスが紀元前四世紀に手がけたとされる弓を持つエロスが素晴らしいと思った。


現存するオリジナルの作品は全くないといわれていて見られるのは一二世紀頃のローマ時代のレプリカだけなんだ。人々がギリシャ神話からローマ神話を作り上げたりしていて文化的に尊重しながら彫刻も複製されていた。リュシッポスの弓を持つエロスも残されていたけれども材質は本来は銅だったのが大理石に変えられているといわれる。


弓を持つエロスの彫刻

ポーズが絶妙ではないか。何ともいえないような雰囲気が漂っていて弓を持つエロスなんだと題名通りに一先ずは納得するしかないだろう。


かつて人々にエロスはどのように考えられていたのか。ギリシャ神話の世界観が真実として心から信じられていた宗教性を帯びた現実の中で一緒に生きていたとすればそうしたイメージはテーマに取り上げた他の芸術作品に反映しているはずだ。


彫刻にも作者の気持ちが出ていてリュシッポスの弓を持つエロスはとても興味深いし、ギリシャ神話と古代ギリシャの人々の両方からエロスとは何だったかを詳しく知る手がかりになっていると思う。


第一印象として及び腰に見える。それが物凄く愛くるしい。内股で何かを怖がっている。戦慄きが伝わって来ずにいない。今にも弓を落としてしまいそうなか弱さが如何にも奥床しくて胸打たれもするんだ。


僅かに背中を丸めながら蹲るように立って狙いを定めて弓を構えているというポーズだけれども絶妙なのは可憐しさを象徴的に示していると受け取って良いのではないか。


ギリシャ神話のエロスについて


アポロンが弓を打って遊んでいたエロスを嗜めた。どうも茶化すように迫ったらしい。エロスは何を捕まえて見下しているのかと腹を立てなかったともかぎらないけど、勢い付いてアポロンへ金の矢を放つと見事に刺さってしまう。


ところが同時に通りかかったダプネへも又別の鉛の矢が刺さってしまわずにはいなかったとされる。


エロスの放つ金の矢は人を好きになり、そして鉛の矢は人を嫌いになるので、それぞれには真逆の効果が秘められていた、アポロンは目の前のダプネだけを追いかけ出してダプネは付き纏うアポロンこそ誰よりも避けずにいなくなるわけだ。


よもや恋愛のイメージが決定的に生み出されて二人はどうやって結ばれるのかという永遠のテーマが受け取られる場面だろう。


ダプネはアポロンに追い詰められるほどに自分らしく生きては行けないと父親に頼んで月桂樹の木に姿を変えてしまうしかなかった。


アポロンは二度と会えないダプネのために途方に暮れつつも記念として月桂樹の葉から冠を作り出して末永く被り続けたらしい。


ギリシャ神話は好き嫌いがいつも甚だしいので、厳格な論理性の所以かも知れないにせよ、物語としては劇的な趣きが非常に強い。


アポロンとダプネはエロスの金の矢と鉛の矢で最初から結ばれてはならないはずだったゆえに悲劇的な完成度も極めて高いと認められる。折り合いが全く付かない、食い違った互いの気持ちに。悲しい恋、または命があるがままに終わりを告げてしまうところが寓喩としては人生とは何かを無上なまでに考えさせて止まない。


中世ヨーロッパのルネサンス芸術から現在に至るまでの小天使のイメージはギリシャ神話のエロスやそれに引き続くローマ神話のキューピッド/アモールに基づいていたらしい。しかし元々は青年として主に捉えられていたようで、最初のギリシャ神話のエロスからすると弓を打って遊んでいた無邪気さやアポロンにからかわれて傷付いた繊細さこそ連綿と通じ合っているのではないか。だから小天使については幼気な若者という気持ちを尚更と強調するように子供としてのみ可愛らしく造形されながら人々にも親しまれたと考えられるだろう。


翻ってリュシッポスの弓を持つエロスは可憐しさに無邪気さと繊細さの性格を併せ持っているし、ギリシャ神話のエロスのエッセンスが結実した彫刻だったわけならばまさか見た目から如実に味わわせてくれるところが本当に凄い。

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