どうも午後九時に眠って午前五時に起きると最高の気分だった。僕だけかも知れないけど、午前六時前に一日の作家活動を開始できるととても嬉しい。世の中で人々は寝静まっていてもうそろそろ動き出して俄かに部屋の外も騒がしさを増して来る。何かが生まれるというイメージが創作に重なるせいか、気合いがまるでスイッチを押したように入り易いみたいだ。
十分な睡眠時間を考慮すれば前日はおよそ午後十時前に就寝するべきだろう。
冬は早起きしても暗いから寝起きの予定を少し遅らせたいとも考えたけれども世の中の動きに合わせるならば得てしてそうしたわけには行かなかったんだ。人々の通勤通学は一年を通して変わらない時間帯に定められているのではないか。少し早く目覚めて静けさを味わうには寝起きを遅らせても仕様がないといわざるを得ない。
反省まではしない。最高の気分だから最高の作品が仕上がるならば又別にせよ、基本的にはあり得ないだろう。さもなければ病人には名作は生み出せなかった。梶井基次郎の小説が素晴らしいかぎり、終生、肺病に冒されたままの自己表現だった、少なくとも個人的には最高の気分を余り重視し過ぎてはならないと思っている。
因みに肺病というとカフカ(小説家)やショパン(作曲家)も同じだった、作家活動の後期には。死因に当て嵌まるのは梶井基次郎の場合と等しい。
気分が優れなくても名作が生み出されるのはなぜか
やはり精神力だと率直に感じる。運動選手に身体力が求められるのと同じように精神力が作家活動には何よりも前以て想定されるべき要件だろう。
芸術的には感性かも知れないし、学問的には認識かも知れない。何れにしても一つの精神力に支えられながら創作活動は主に行われているわけだ。
すると勉強しかない、作家活動にとって肝心なのは。運動選手がいつも練習を欠かさないような仕方で実際に励んでいるかどうかが厳しく問われずにはいない。
精神力は放っておくと衰える。身に付けた知識でも使わないと減るから思考が途絶える。
実際、ブロクでスピノザの方法やドゥルーズの良さと気に入りの哲学を取り上げるのは必ずしも容易ではなかった。入れ込んだのは二十代だったし、それからは思考するのも自作ばかりだったので、著作を殆ど読んでなかったから月日を長らく経ながら固有の様々な概念を思い出すのに苦労したのは事実だった。
脳の働きとして必要のない情報は遠くに仕舞い込んで古びるほどに取り出せなくなると聞くけれども知識が自然に減ってしまえば思考も捗らなくて精神力は衰える一方ではないか、人間にとって。
ドゥルーズの概念に多種多様性がある。作家活動ではインスピレーションに役立つし、分けても行き詰まりを突破するためには一つの見方では駄目かも知れないから常日頃から勉強しない生活はないだろう。
精神力を高めて活火山ようにいつでも爆発的に噴出するアイデアの可能性を保てると作家としては正しく望ましいかぎりの生活ではないか。
世の中から様々な知識を学んで何かを把握する気持ちこそ自分自身から養い育てて行けばきっと精神力は鍛え上げられるように保たれながら反対に衰えもしないだろう。
八時間と珍しくぐっすり眠れたし、よもや最高の気分に任せて速やかに考えてみた。
作家活動で肝心なのは勉強だから労を惜しむべきではない。思い付いた言葉だけを並べ立てているよりも世の中を幅広く見渡しながらやれば自己表現はさらにもっと研ぎ澄まされて来るはずだ。どんな真実でも閃きが認められなくては努力して前進した喜びそのものとは決して呼んではならない。
コメント