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パンドラの箱のパンドラはギリシャ神話で最初の人間の女性だった

普段から開けてはならないものの例としてパンドラの箱と良く耳にして来た。災いが降りかかるみたいなイメージが強くて考えるよりも逃げ去るのが先だったというか、気持ちはいつも知らないままに過ごさざるを得なかった。もう大丈夫だろうとパンドラの箱から可成の程度で離れたと思ってみても霊力的に襲いかかる魔の手ならば時空を越えてないともかぎらなくて気持ちも何も改めて向けるわけには行かなかった。


調べるなんて本当に驚きだった。ブログの記事に不意に出て来てしまって「開けてはならないパンドラの箱」とイメージの扱いが誤っていると不味いので、文脈に精確に即しているかどうか、どうしても知っておかなくてはならなくなったせいだった。


ルイス・ヘルセントの森の景色に横たわるパンドラ

ルイス・ヘルセントのパンドラの絵も非常に美しいし、綺麗だと見付けられて結果としては大いに満足しているけれどもパンドラの箱のパンドラはギリシャ神話で最初の人間の女性で、芸術作品でもモチーフとして取り上げられることが多かったらしいんだ。


ギリシャ神話のパンドラの箱


神々の国からゼウスプロメテウスに火を盗んで人間に与えたと激昂して彼女の弟のエピメテウスを不幸へ陥れるためにパンドラをヘパイトスに命じて人間の女性として作らせて誑かすべく仕向けたとされる。


目が回るくらい複雑に絡み合った気持ちのドラマが描かれていて含蓄深いし、聞いて知って面白いと驚きつつも好んで注目せざるを得なくなってしまった。


古代ギリシャの人々がギリシア神話を思い描いたとすると言語を余りにも速やかに追っているところが良いし、言葉とは何かを極めて純粋に気付かせてくれるのではないか。だからギリシャ哲学も論理性を抽出しながらギリシャ神話から齎されるように納得されるまで充実したイメージを持っている。本当に興味と関心が尽きないとも過言ではない、個人的には。


プロメテウスは神なのに他の神に背いて人間に加担した。ゼウスに許せないのは神々の国の論理を壊されたせいだけれどもプロメテウスを追放しない気持ちは容易には理解できない。一見するとプロメテウスは神の一員として保たれているために言語性だけが問題視されているんだ、ゼウスにとって。しかし激昂する必要が残されるのも不可解だから壊された神々の国の論理が痛ましいかぎりはそうした傷を癒せないからこそゼウスはプロメテウスを憎むと考えられる。本当に難しいと唸ると同時に言葉遣いが真剣そのものだから飛んでもないポエジーが胸に迫って来る。論理と心情が余りにも美しく切り分けられていて言語上の矛盾が少しも見逃されない感受性の細さが素晴らしい。ゼウスがプロメテウスに殴りかからないのは決して遠いせいではなかった。勇んでも虚しいから身代わりに庇護されるエピメテウスを懲らしめるという猟奇的な筋書きにはなっているけれども内実に悔しさが流れてないかぎりは重く受け留めるべきではないだろう。


パンドラの箱で最も大事なのはゼウスの悲しみがプロメテウスを火を盗んだ結果ではなくて癒されない原因としてのみ捉えている現実だろう。


現代的にいえば絶望だし、世界に一人だけ取り残された状態だからプロメテウスが攻められないのも当然なので、ゼウスはなぜエピメテウスを狙うかが次いで疑問として浮上して来る。


悲しみは癒せないというと世界が泣き崩れるほどのポエジーがゼウスを包み込むけれどもせめて壊された神々の国の論理だけでも修復できないかと考えたのではないか。


すると他の神に示しを付けるためでは凄まじいポエジーに反するから誤りなので、ゼウスは自己顕示欲も保てないくらい本当に絶望を極めていたと認めて良いはずだし、つまりは当の言語性こそ通用するかどうかが透き通るように問われるから神々の国は人間に荷担したりとか裏返せば支配されては成り立たないと改めて分からせる必要が出て来る。


プロメテウスも意義深く見詰めれば罪を犯したに等しくてゼウスは罪を第一に認めながら言語性を取り戻すべくエピメテウスに罰を与えるわけだからギリシャ哲学も法律を交えながら生まれる条件が整えられるように感じる。全てが解決して終わったらなぜ起きたかが改めて謎なので、哲学とはかぎらないにせよ、真っ先には罪と罰の関係性の見事さに胸打たれては思考するように促されながらギリシャ神話へさらに真相を究明したい気持ちが芽生えるのではないか。


ゼウスは人間を災いに巻き込んでしかもはや神々の国の人間への優越性を認められなかったわけだけれどもプロメテウスを殴れないような絶望と共に目的を遂げなくてはならないためにそれこそ明らかに示すべく弟のエピメテウスから始めたといって良いだろう。どんなところから始めても意味合いは変わらないし、抽象的な狙いながら歴史を踏まえれば認識としては妥当そのものだと本当に思う。


プロメテウスが火を盗んで人間に与えなければ激昂しなかったゼウスと想像すると却ってプロメテウスに好奇心がスピンオフして何でと又別に疑念が湧いて来てしまう。今此処で取り上げるのもブログの文字数が増え捲って大変だから笑って済ませるしかない。


するとゼウスにパンドラを人間の女性として作るように命じられたヘパイトスも同じだ。何でという感じがする。ただし身近で有能だから選ばれたならば面白くも特徴的なのは現代社会と瓜二つに重なってしまうところだろう。ギリシャ神話は紀元前十五世紀頃からの言い伝えらしいから振り返ると数千年の時を越えて思考の普遍性に触れられる。


物語としては男性しかいない人の世にパンドラを女性として初めて送り込んで破滅させる展開になっている。


ゼウスの言葉というか、思考が詩なので、普通ならば歓迎されて逆に繁栄させる展開のはずだけど、自分が男性としてたぷん女性に大きな大きな苦しみを抱えていたせいなんだ。ゼウスは神々の頂点に位置する存在だし、天空神とも呼ばれる、全世界を徹底的に見詰め続けなくてはならない生活の中で女性に注意力を奪われる恋しさが本当に僅かでも致命的に危ないと感じたのではないか。全世界が終わりを告げ兼ねない事態を招いてしまうイメージがパンドラには表現されている、または気持ちとして歌われていると推測される。


実際にエピメテウスの元に出向く際にパンドラは箱をゼウスから貰うんだ。元々は甕だったらしくて後世に語り継がれる間に人々には箱として広まったらしい。ゼウスは開けてはならないとパンドラにいい聞かせながら箱を渡したわけだけれどもなぜかは詩を踏まえると直ぐに分かる。


つまりエピメテウスから人間を破滅させる思考がゼウスしか表現しないために誰にも理解されてはならない真実の在り方をを暗示したかったのではないか。歌われた気持ちを人間の男性が理解せずに繁栄する場合は現代的な発想だから捨象してゼウスが神々の国も人間も支配しているかぎり、自分と同じように苦しみは比較的に小さいにせよ、破滅する人間の男性でしかない。しかしかながらそれはなぜかと知力を尽くして後からゼウスのせいだと思い当たるとしても理解されたのではやはり人間こそ神々の国を支配していると見えて来るわけだ。プロメテウスが火を与えた事実にも況して精神そのものが牛耳られては不味いというか、人間にとって神々の国がゼウスを通じて思い通りの操り人形みたいにもはや立場が逆転してそうな結論が出てしまわざるを得ない。


ゼウスがパンドラに開けてはならない箱を渡した理由はいってみれば威厳を示していた。何がどうかなるかは人間には分からないし、分かっている自分こそ全世界を支配していると教えるつもりだったんだろう。


およそ分からなければ人間にはゼウスがパンドラの箱の中身を分っているとは判断できないし、そこに威厳まではいい過ぎかも知れないけど、ところが判断できないと人間は気付かないとはかぎらないので、ゼウスはパンドラの箱の中身を本当に分かっているかどうかと考え出した人間の気持ちそのものに対して真の威厳を放っていると吟味される。


ゼウスの求め通りにエピメテウスはパンドラと結婚する。全世界を支配しているから避けられないように二人は結ばれるけれども物語としてはプロメテウスが制止した向きもあったらしい。弟を助けるためにゼウスから何も受け取ってはならないと忠告していたんだ。エピメテウスはプロメテウスを追い払うようにパンドラに惚れるとするとこれもやはりゼウスの求め通りで、女性とは何かを確認させてくれる。またはパンドラがなぜ作られたかを人の世に浸潤させるような場面になっていてエピメテウスも神なので、姉だけれどもプロメテウスという他の神に背いた格好だから双方の亀裂によって人間に近付いて把握される、パンドラのせいで、はっきり。パンドラに惚れてなければプロメテウスと対立しても神のままでいられたというか、把握されたはずのエピメテウスだけど、堕落的な様子がゼウスの心情を解き明かしているにも等しい。


女性に誑かされるとはこういうことだ、自分の世界を失ってしまって存在だけが寄る辺もなく漂っているに過ぎない。いい換えれば絶望そのものだろうけど、ただしエピメテウスは気付いてなくてパンドラに浮かれて良い気分でまだ暮らしていた。


ゼウスならば天空神として端からあり得ないはずだったし、人間を災いに巻き込むという狙いは果たされてないからどうなるかが問われる。


それまでは地上に住む人間の種族は、あらゆる煩いを免れ、苦しい労働もなく、人間に死をもたらす病苦も知らず暮らしておった。ところが女(パンドラ)はその手で瓶の大蓋をあけて、瓶の中身をまき散らし、人間にさまざまな苦難を招いてしまった。そこにはひとりエルピス(希望)のみが、堅牢無比の住居の中、瓶の縁の下側に残って、外には飛び出なかった。



パンドラは箱を開けてしまう。エピメテウスが神として無力感に気付けば物語としては終わりなので、人間に近付いたところでの一つの絶望が実際の人間の男性にも同じだと飛び火して行って全ては業火に焼き付くされるように黙示されればギリシア神話としても完成したのではないか。


ゼウスは人間へ威厳を示すためにパンドラに箱を渡したはずならば開けてしまうと逆に失われてしまって結果から全てがあっさり認識されるしかないんだ、人間にとって。


詩的に考えると象徴されるゼウスの威厳が失われると同時に何等かの経験から人間に分かるという瞬間が訪れた。しかしゼウスは何一つ理解されるわけには行かないからさらにエルピス(予兆、期待、希望など)をパンドラの箱に残したというふうに物語も締め括られたのではないかと思う。


ゼウスからするとエピメテウスが神としての絶望に気付かないと駄目なので、そのためにパンドラの箱は開けられるしかなかったようだ。元を辿るとプロメテウスのせいで、ゼウスのせいで、ついにパンドラと出会った。ヘパイトスも絡んでいたにせよ、だから自分は本当は必要とされてないのではないかと結婚しているパンドラへエピメテウスが惚れつつも疑念を抱くかぎり、もはや絶望に追い遣られずにはいなさそうなんだ。


開けられたパンドラの箱はゼウスの仕打ちだからエピメテウスも彼から送り込まれて姉のプロメテウスにも逆らって付き合ったパンドラを通じて実際に巻き込まれる災いの数々(疫病、貧困、犯罪など)もさることながらあれこれ思い悩みながら疑念を抱くと考えられるわけだ。


意味深なのはパンドラの箱に残されたエルピスだ。災いとは正反対のイメージだけれどもゼウスが人間に理解されてはならない、神々の国は精神そのものから人間に支配されない状態が正しいとすると何等の経験からゼウスのせいだと分かったところで、なぜかを追い求める思考を中断させるために置かれるべきだったんだろう。


エルピスによって分かるけれども理解できないゼウスのイメージが得られた。


意味合いとしては寓意的なので、人間にとって神々の国とは何かを思い知らせる効果があるし、ギリシャ神話でもヘーシオドスの仕事と日を参照しなければパンドラの箱は幸せを振り撒くという正反対の見方から伝承されていたりもするらしい。


何れにせよ、ゼウスに逆らって人間が切り放される対象がエルピスには凝縮的に示されているのではないか。


プロメテウスに火を与えられたとしても人間は神々の国を身の周りと同格に捉えてはならないみたいな戒めが込められていると思うので、パンドラの箱という物語の全体像はゼウスの天空神としての真実への決死の一人舞台に他ならないだろう。


古代ギリシャの人々の精神と情熱


興味深いのは古代ギリシャの感性が女性を巡って真実を捉えていたところだ。


日頃、注意力が奪われて世界が破滅するような発想から来ている、男性にとってかも知れないけど、ギリシャ神話へそのように女性が組み込まれたとすると翻っては精神こそ生きるために当たり前にどれだけ尊く扱われていたかも浮き彫りされているわけだ。


恋愛も必死でなければ何も危なくなかったのではないか、しかし。人々の情熱も凄かったに違いなくて少なくともゼウスがパンドラを考え出した気持ちからは並々ならないと認めざるを得ない。すると精神も対峙されるほどに強く強く鍛え上げられずにいなかったようだから腰を抜かすくらい驚く。煮え滾るばかりの素晴らしさだ。


参考:仕事と日 人はなぜはたらくのか:ヘーシオドス

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