綺麗な心で生きる天使は驚きの望み通りだ

山躑躅の二輪の花と幾つかの蕾

誰かに殺される感じがする。姪と再会した後から不吉なのかも知れない。本当にもはや天使なので、離れてしまうと気持ちが逆に恐ろしくなるみたいだ。一人で大丈夫なのかと心配の極致に達しているせいで、世界に殺気が漲っている。


振り返ると望み通りだった。元々、天使として姪とは触れ合っていた。願ってはいなかったし、普通に人間で良かったわけなのに果たしてそうなってしまうというのが驚きだ。僕の思いが伝わったせいだろう。


姪は天使の人生を選んだならば素晴らしい。応援するしかない、他でもなく。綺麗な心を個性として尊重しながら接するべきだ。将来が楽しみだし、軽度の知的障害でも天使のかぎり、姪は幸せな暮らしを手に入れるに違いない。愛される存在には平和こそ訪れる。


安心しながら神を有り難く信じるほどに誰かに殺される感じも減って行くようだ。


かつて赤ちゃんの姪が天使だった。僕が天使として姪と触れ合わずにいられないわけだけれども考えると天使的な人のお陰なんだ。天使的な人が綺麗な心を僕に伝えてなかったら赤ちゃんの姪が天使だと分からなかったのではないか。とても感謝している。赤ちゃんが天使というと世間一般では珍しくないイメージだけど、どんな状態が相応しいのか、生きられた詩情から腑に落ちたし、綺麗な心だと気付いたわけだった。


僕は思うよ、姪が治療抵抗性統合失調症にかかったのも天使になるために避けられなかったと。


人間においては精神が崩壊するところまで行かないと生き延びる優しさも極限的には身に付かないわけだし、天使と真実に呼べない。二十代前半で、詩人になるために極貧だった僕と同じように命懸けで本物の悲しみを学んでくれた。


人生で最も苦労するというか、個人の思想の全てが詰まっているような経験が得られるのはきっと二十代前半だから自分らしさへ活かして行かないと勿体ない。


僕にとって天使だから姪には本当に綺麗な心で頑張って欲しい。

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