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ボサノバ:アストラッド・ジルベルトのイパネマの娘を聴いて心の安らぎを受け取る

Astrud Gilberto & Stan Getz ◊ The Girl From Ipanema ◊ 1964 via fabtv

本当に良いとしかいえない。アストラッド・ジルベルトのアルバムはおいしい水 The Astrud Gilbelto Album)が最高だと思うけれどもシングルならばイパネマの娘だろう。正式にはテナーサックス奏者のスタン・ゲッツと共同で発表された作品だった。

ボサノバの代表曲としてジャンルそのものの魅力が詰まっている感じがする

全てが淋しげだけれども詩的で、綺麗なリズムに乗って涙を輝かせるような風合いもお洒落だと気に入ってしまう。

見かけたんだ
通り過ぎて行く君を
又戻って来るかどうかも
俄かには示せないまま
少しだけ咽ぶような心地で
食い留めもせず

僕は永遠の詩を歌う。一つの本質的な認識のイメージが誰かの作品と似通っている場合がある。永遠の詩が人間にとって固有の真実が生み出され得る精神の前提条件に等しいためだと考えられる。

マイクで歌を歌うトム・ジョビンの顔

ボサノバのイパネマの娘アントニオ・カルロス・ジョビンが手がけていてボサノバの代表的な作曲家の一人だったんだ。

僕が好きなせいで、自作詩の板を割るそばにしかしイパネマの娘のアントニオ・カルロス・ジョビンの音楽観を内奥的に認め返させていた、計らずも。

どことなく似通っている。雰囲気だろう、詩と音楽の。するとイパネマの娘は永遠の詩の味わいを芸術的に伴っているといって良いし、ボサノバは雰囲気の美しい音楽と考えられもする。

歌詞の内容も幾らか被さっていてイパネマの娘は海岸で美しい女性を見かけながら片思いを抱いたという気持ちが示されているんだ。ただしそれが今此処で捉えられているために最終的には神への祈りまで通じて来ると考えられるところがやはり凄い。物悲しい男性が一人で佇むばかりにせよ、イメージが原因から根本的に掴まれていて世界の唯一性から天上へと心を羽搏かせるようにも感じさせる。この気分、優れて浮き立って行く有り難みそのもの、まるで天使たちに柔らかく押し上げられるような雰囲気が音楽には鮮烈なまでに表現されているんだ。

アストラッド・ジルベルトの歌声が一役も二役も買っているのは間違いない

街を歩くアストラッド・ジルベルト

僕は板を割るそばにしかしで音楽上の崇高な印象を永遠の詩で表現していてそこがボサノバのイパネマの娘に雰囲気で重なると思う。

歌としてはイパネマの娘は人の格別な喜びを伝えていて詩的に例えれば一輪挿しの薔薇だけれども崇高な印象が漂っている。

ところが崇高な印象から世界を掴んでみると板を割るそばにしかしが出来上がるというわけならば歌詞でも音楽でもどことなく似通っているのは自然だろう。

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