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本当の自分もなぜ生きているのかも悲しみも

ホームページに自作詩詩集のちじくがわを掲載するのに表紙に銘としてクレーの言葉を引きたいと思って探していたら見付け出された。


芸術は私たちの見る何かを写し取らない、というか、私たちが見えるようにしてくれるんだ。



大分、前だけど、ちじくがわはクレーの絵をヒントに歌おうとそれこそ銘を打って出来上がった詩集だったし、一つの創作意欲を示すためにもぴったりだった。


クレーのシンプルで力強い言葉だ。絵も観念どころか生き方そのものとさえも受け留められるかぎり、クレーはきっと正しい。


僕の考え通りだし、すなわち「パフォーマンス=アート」のスタンスで自己表現、または自分らしさを作品に打つけるように生きられた人ではないかと感心させられるよ。


気持ちならば芸術/創作活動の真実を、そっくりそのまま、当て嵌めることができて極めて素晴らしい。


もしかすると僕も注意しなければならない、言葉遣いに。自己表現、または自分らしさのために求められる世界は決して内面だけではなかった。それ自体こそも大事なので、やることがとにかく必要という。実際にやらなくては芸術/創作活動は始まらないし、動き出さなければ生活は進まないはずなんだ。


人前に内面を晒け出せば喜びを掲げれば全て終わりだと思われては困る、僕について。それがたとえ本当の自分だとしてもまたとない自己満足が齎されるとしても如何に晒け出すか、如何に掲げるかの頑張りは知って欲しかった。


ライフスタイルを踏まえれば自分で何とかなるような代物でもないけど、ただし「パフォーマンス=アート」のスタンスは捨て去るべきではない。


人生は《筋書きのないドラマ》だと分かる。僕がゲソを齧るように夢ばかり見ながら笑っているのもどうにもならないせいで、なぜ生きているのかを手に入れた結果だった。もはや死に切れないかぎりだ。


夢に向かって直走る。勇気と情熱と努力があれば悲しみにも負けないと思うよ。栗毛の駿馬に跨がるつもりで、ずっこけた詩人だろうが抱かれた希望に変わりなく、生きる力こそ養われてしまう。どんな幸せを掴むためにも欠かせはしないさ。


クレーは狙っているようだ。芸術を通して見えて来る世界の有り難さを教えてくれる。訪れるほどに美しいくらい目映い。

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